礼拝メッセージ

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2026年4月

2026年4月5日

 
 

「開かれた墓の福音」

聖書箇所:ルカ24章1-12節

イースターの朝、み使いたちが女性の弟子たちに現れ告げた言葉に心を留めましょう。(5~6節)
1、弟子たちへの質問 「あなたがたはどうして生きている方を死人の中に捜すのですか」
弟子たちにとって、イエス様こそ、希望であり、幸福であり、喜びでした。しかし主の死によって失望と落胆の中にいる者に、み使いは死んだキリストではなく、生きておられるキリストを求めよと語られたのです。
2、明確な否定 「ここにはおられません」
主は確かに金曜日の夕刻には墓に葬られました。しかし、墓の中は空です。復活の事実を消極面から告げています。
3, 復活の事実の宣言 「よみがえられたのです」
①聖書の絶対的な真実性(Ⅰコリント15,3,4):聖書に書いてある通り、キリストの死と復活があったことはゆるぎなき歴史的事実です。
②キリストの死は私たちの罪のために死なれた贖罪死であり、この方以外に救いはない(使徒4:12)ことを示す確かな証拠がキリストの復活なのです。
③主がよみがえられように、信じる私たちも主の空中再臨の時によみがえる確かな希望が与えられています。


2026年3月

2026年3月29日

 
 

「キリストの死と葬り」

聖書箇所:ルカ23章44-56節

1、キリストの最期のことば
「父よ、わたしの霊をあなたの御手に委ねます。」(46節)これは、主が息を引き取る直前の言葉です。父なる神への祈りであり、全面的な信頼の証しです。人生において神に委ねられた使命を果たし終えた時の勝利の叫びです。
2、裂けた神殿の幕
主の死の直後、神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けました。(マタイ27:51、マルコ15:38、ルカ23:45)その意味は「今や人の心は、キリストの犠牲(十字架)によって罪の意識から解き放たれて、幼児のように自由に大胆に、喜びにあふれて神の御許に出入りできる」ということです。(へブル10:19,20)
3, 葬られた主
イエス神は、ご自分のみこころを成し遂げた主イエスの魂が離れた後の肉体がどうなるかということに無関心ではありませんでした。アリマタヤのヨセフを通して、岩に掘った立派な墓に収められるように導かれました。遺体への尊厳を守られたのです。同時に十字架の死と復活を結ぶ大切な教え(福音)の要素となったのです。(Ⅰコリント15:3,4)        受難週にあたり、これらのことを思い巡らし、福音の恵みに生きるお互いとなりましょう。

2026年3月22日

 
 

「神の恵みにとどまるように」」

聖書箇所:使徒の働き13章42-52節

説教後、パウロは、会堂を出た後ついて来た多くの聴衆に、「神の恵みにとどまるように」と語ります。
1、救いに与ることは全面的に神の恵みであること
罪の赦しと義と認められること(永遠のいのち)は、ただ福音の三要素に基づきただイエス・キリストを信じる者に与えられる神の恵みなのです。(エペソ2:8,9)
2、救いを保つことも全面的に神の恵みであること
キリストの救いに与った後、律法の行いで義を全うするのではなく、信仰から信仰へと進み、神の恵みによって救いは保たれていくのです。(ローマ1:16,17)
3, キリストを日々信じ続けること
私たちは、ただ信仰によって救われ、信仰によってキリストとの関係が保たれています。キリストとの個人的な愛と信頼の関係を日々、確認しつつ、生きることが大切です。(ヨハネ15:5)日々祈りましょう。
主イエスよ、今日もあなたを愛します。
主イエスよ、今日もあなたを信じます。
主イエスよ、今日もあなたに従います。

2026年3月15日

 
 

「救いのための最低限の理解」

聖書箇所:使徒の働き13章26-41節

パウロがピシディアのアンティオキアのユダヤ教会堂で語ったのは、救い主イエス・キリストの福音です。
1、福音の提示(27~37節)
パウロは、「福音の三要素」といわれるキリストの十字架、埋葬、復活を語りました。この福音を信仰によって受け入れることによって人は救われます。(Ⅰコリント15:1~4)。
2、決心への招き(38~41節)
パウロは聴衆がこの福音をただ聞くだけで終わることを良しとせず、信じて罪の赦しをいただき、神との和解を得てほしいと警告と共に訴えました。(Ⅱコリント5:20)
救いは、神(イエス・キリスト)への信頼(信仰)によって与えられます。しかし、キリストをどのような方として信じたかが重要です。救いに至るためには、「福音の三要素」を理解し、神の御子イエスを自分自身の救い主として信じることが最低限必要なのです。(Ⅰコリント15:2)

2026年3月8日

 
 

「約束による救い主イエス」

聖書箇所:使徒の働き13章13-25節

本テキストは、パウロがピシディアのアンティオキアのユダヤ教会堂で説教した序論部分です。
1、聴衆への語りかけ(16節)
聴衆は、ユダヤ人たちと神を恐れる人達(異邦人求道者)です。パウロは「聞いてください」と呼びかけ喚起します。
2、イスラエルの救いの歴史の要約(17~22節)
旧約聖書の知識を持つ聴衆には、なじみの深い内容であり、神がなさった歴史的事実を再確認したことでしょう。3,神の約束による救い主イエス(23節)
メシア(キリスト)を待望する聴衆に対し、イスラエルの救いの歴史のクライマックスとして救い主イエスを、神は約束に従ってイスラエルに送ってくださったと、パウロは宣言しました。これから話す中心テーマは、このイエス・キリストについてであると、指し示したのです。
4,先駆者ヨハネの証言 (24,25節)
 更に民衆の大多数が預言者と認めていたバプテスマのヨハネ(ルカ20:6)のイエスに対する証言を示し、このパウロの宣言を補強したのです。
説教の序論においてパウロは、聴衆に対しユダヤ人の救い主であり、全人類の救い主であるイエス・キリストを「ぜひ知ってください。信じて救われてください。」という願いをもって誠心誠意語ったのです。(Ⅱコリント5:19,20)

2026年3月1日

 
 

「主の教えに驚嘆し、信仰に」

聖書箇所:使徒の働き13章4-12節

1、霊の戦い
キプロス島の総督セルギウス・パウルスは、アンティオキアから来たバルバナとパウロを招き、神のことば(主の教え)を聞きたいと願いました。しかし、側近でバルイエスという名の魔術師で偽預言者である男に強力に妨害されました。彼は自らの既得権益を失うこと恐れ、総督を福音から遠ざけようとしたのです。ここにキリスト教の聖霊と悪霊との対決、異教徒との対決を見ることができます。
2、戦いの勝利
パウロは聖霊に満たされ、この魔術師エルマをにらみつけ、悪魔の子と怒鳴りつけ、神の刑罰を宣告しました。直ちにエルマは盲目となり、うろたえ、助けを求めます。この出来事により、魔術師による悪霊の力よりも、パウロが証しした聖霊の力が、はるかに優れていることを示したのです。
3,総督の回心
パウロを通して、神の力の奇跡を見た総督パウルスは、心が開かれ、神のことばを素直な良い心で聞き、主の教えに驚嘆し信仰に入ります。(ローマ1:16)ただ奇跡を見たからではなく、主の教えに驚嘆し回心したのです。


2026年2月

2026年2月22日

 
 

「聖霊によって送り出され」

聖書箇所:使徒の働き13章1-5節

1、ターニングポイント(転換点)
使徒の働き13章から、宣教の中心がエルサレムからアンティオキアへ、宣教する人物がペテロからパウロへ、宣教の対象がユダヤ人から異邦人へと移ります。「エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、更に地の果てまで」(1:8)と主が語られた第三段階(地の果てまで)の宣教に入ったことを意味します。
2、聖霊による命令
異邦人をメンバーに加えたアンティオキア教会(11:20,21)に聖霊が臨み、預言者の一人の口を通して語られたと思いますが、教会の指導者たちに与えられた神の意志は、教会全体の重荷となりました。教会は礼拝と断食による祈りの中に、神の御旨を確かめて後、教会全体で一致し、バルナバとサウロを教会の派遣伝道者として送り出しました。こうして教会の祈りと聖霊の導きの下に、バルナバとサウロは国外伝道の旅に出たのです。3,私たちにとって
私たちは、毎週日曜日に教会に出席し、主を礼拝し、賛美と祈りを捧げています。その時に、主に対する信仰と献身を新たにし、「聖霊によって送り出され」任地(家庭、学校、職場等)に派遣されているのです。地の塩、世の光として生きるキリストの良き証人でありますように。(2:32)

2026年2月15日

 
 

「神に栄光を帰せよ」

聖書箇所:使徒の働き12章18-25節

1、神に栄光を帰さない罪(23節)
ヘロデが自分に栄光を帰したということが、どうしてこんなに重く罰せられなければならないのでしょうか。彼は自分を絶対化し、本来神のみが受けるべき賛美と栄光、礼拝と栄誉を私物化したところにあります。それは神に対する背信の罪であり、高慢の罪で厳重に激しく罰せられなければならないものでした。
2、神に栄光を帰するとは
万物の創造主である神を認め、神を恐れ、へりくだりすべての受けた恵みをお返しする態度です。(黙4:10,11)自分たちが受けた栄えの冠を御座の前に投げ出して礼拝する24人の長老たちにその模範を見ます。
3,キリストを通して神に栄光を
「イエス・キリストは主です」と告白し、主を礼拝することは神に栄光を帰することです。(ピリピ2:10,11)復活の主に対面したトマスも言いました。「私の主、私の神よ」と。(ヨハネ20:28)
私たちは、日々祈ります。「父よ、御名が聖なるものとされますように。御国がきますように。みこころが天で行われますように。みこころが地でも行われますように。」(マタイ6:9,10))。

2026年2月8日

 
 

「力強い教会の祈り」

聖書箇所:使徒の働き12章1-19節

1、熱心な祈り
ペテロの処刑前夜、教会にキリスト者が集まり徹夜で祈祷会を行います。人間的にはどうすることもできない中で、ただ神を信じ、祈りによってペテロの救出を訴えました。一人ひとりが真剣に切実に、全力で神に祈ったのです(ルカ18:7)。
2、心を一つにした祈り
主イエスは、「どんなことでも地上で心を一つにして祈るなら」教会の祈りを聞いてくださる約束を与えてくださいました(マタイ18:19,20)。教会に集まったキリスト者たちはペテロのために心を一つにして祈ったのです。初代教会の存亡をかけた祈り会でした。
3,神の大きな憐み
実際にペテロが救出されても、当初信じることができない教会でありました。疑いながら祈ったことが明らかですが、神は大きな憐みによって聞いてくださいました。女中ロデの信仰が銘記されていることも大きな慰めです。完璧でなく弱く不信仰な私たちですが、教会の祈りに神は力強く答えてくださるお方なのです(マルコ9:23,24)。

2026年2月1日

 
 

「神に立派と言われた人」

聖書箇所:使徒の働き11章19-30節

神に立派といわれた人物が二人います。一人はカナン人の女でその信仰を主にほめられました(マタイ15:28)。もう一人はバルバナです。(24節)
1、その原動力
彼のその評価は生まれつきのの性質によるのではなく、「聖霊と信仰に満ちている人」であったからです。聖霊は信じる者の中に宿られます。人の側としての信仰の満たし、神の側としての聖霊の満たし、これは神の人のきよい生涯の両側面です。彼の慰めの子と呼ばれたうるわしい品性も、その成功した奉仕の秘訣もここにあったのです。
2、神の評価の視点
主は、私たちの信仰をまずご覧になられます(へブル11:6)。信仰に満ちていたバルバナを神は評価されたのです。バルバナにも弱さのゆえに失敗がありました(ガラテヤ2:13)。判断に苦しむ行動もありました(使徒15;39)。しかし、りっぱな人物としての評価は変わりありません。
3,私たちが目指す生き方
私たちは、人の前にではなく、神の前に歩む生き方が、求められています。隠れたところをすべて見ておられる神の前に、「立派」とほめていただける信仰をもって生きることを目指しましょう。(マタイ25:21)


2026年1月

2026年1月25日

 
 

「ペテロの弁明」

聖書箇所:使徒の働き11章1-18節

 
異邦人への伝道を終えて、ペテロがエルサレム教会に帰ってきますと、民族主義的な信者から強い非難を受けました。ペテロがこの非難にどうこたえるかによって、教会は混乱し分裂するか、エルサレム教会も異邦人教会も前進するかが決まります。
1,弁明の特色
ペテロは冷静に事の次第を順序だてて説明します。彼は自己保身や弁護のためではなく,主ご自身が、いかにご介入されたかを語ります。
2、弁明の結果
非難していたユダヤ人信者も「いのちに至る悔い改め」を異邦人にお与えになった神をあがめました。そして、異邦人に積極的にみことばが語られ、福音の働きの前進を見ることになります。(20,21節)
3,弁明できる用意を(Ⅰペテロ3:15)
「だれにでも、いつでも、弁明できる用意をしていなさい」とペテロは語りました。真実に簡潔にそして誠実に、求める人に語るお互いでありたいと願います。

2026年1月18日

 
 

「キリストはすべての人の主」

聖書箇所:使徒の働き10章24-48節

神に導かれたペテロとコルネリウスの出会いは、当初ユダヤ人のみとされていたキリストの福音が、異邦人にも同様に及ぶ神の恵みであることが示されます。(使徒15:8,9)
1,神はえこひいきする方ではない。(24,25節)
神は、民族,血統、経歴などで不公平な扱いをする方ではありません(ローマ2:9~11)。神を恐れ、正義を行う人は神に受け入れられます。
2,キリストによる平和の福音(37~43節)
イエス・キリストの十字架と復活により、主イエスを信じる者は、罪の赦しが与えられ、神との平和が与えられます。(ローマ5:1)この恵みは信じる者に誰にでも与えられるのです。
3、イエス・キリストはすべての人の主(36節)
主イエスキリストは、例外なく、全人類の主であり、神です。(ローマ10:12,13)(ガラテヤ3:26~29)私たちが会う一人ひとり、私たちの目にする一人ひとりの方々が、キリストの救いに招かれていることを意識し、その救いのために祈りましょう。

2026年1月11日

 
 

「出会いを導かれる神」

聖書箇所:使徒の働き10章1-23節

▷ユダヤ人の伝道者ペテロと、異邦人の百人隊長コリネウスとの出会いは、キリスト教会におけるユダヤ人と異邦人との間の社会的交流と福音伝播の障壁が除かれるために必要な出来事でした。
▷神は、ご自身のみ使いを遣わし、コリネリウスにペテロを招きそのメッセージを聞くよう命じました。ペテロに対しては、異邦人を汚れているとのユダヤ人特有の先入観を取り除き、コルネリウスの使者たちを素直に受け入れるよう備えられます。神ご自身が彼らの出会いをプロデュースされたのです。(創世記33:3,4)
▷主は日々道を造られます。私たちに日々聖書のみことばをもって語りかけて下さり、良き出会いのために備えてくださいます。(詩篇119:105)主は、私たちを導き、同時に神が備えられた人を導き、キリストの福音の前進のための出会いをお与えくださいます。

2026年1月4日

 
 

「神に祝福を求める」

聖書箇所:歴代誌第一4章9,10節

 
1,キリストの贖罪に頼る
神の祝福を求める時、まず問われるのは、神と私たちの関係です。罪が障害となる時、祈りは聞かれません。(イザヤ59:1,2)キリストの十字架に頼り神に帰るところから祝福はスタートします。(イザヤ55:7)
2,大胆に求める「私を大いに祝福してください」
私たちはキリストの御名によって、大胆に神に祝福を求めることができます。(へブル4:16)
3,積極的に求める「私の地境を広げてください」
ヤベツは宿命的な過去のハンディを乗り越え、より影響力のある者となることを求めました。自己中心や自己達成の欲ではなく、神のご栄光のために求めたのです。
4,神の御手に依存する「御手が私と共にありますように」
より大きな前進と影響力には、大きな責任が伴います。全面的な神のご介入と力が必要となるのです。彼は信仰によって求めました。(へブル11:6)
5,霊的攻撃からの守り「わざわいから遠ざけ」
神の祝福を受ける時、勝利と喜びの中に危険があります。プライドや自己満足が、神により頼む感覚を鈍らせます。私たちは、「悪からお救いください」という祈りが必要なのです。(マタイ6:13)


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