礼拝メッセージ
2026年7月
2026年7月12日
「真夜中の祈りと賛美」
聖書箇所:使徒の働き16章25-40節
1、心の勝利
投獄されたパウロとシラスは、加害者たちへの憎しみと理不尽な取り扱いへの不満や自己憐憫から勝利します。
2, 福音の勝利
牢にいた囚人たちは、聖なるおそれを覚え、地震による脱走のチャンスをも気に留めず、そのままとどまり、牢の看守も神の驚くべき介入を見て、魂の救いを叫びました。パウロとシラスは福音を明快に語り、救い主キリストへの信仰に導きます。
3,社会的勝利
パウロとシラスは傷の手当てを受け、看守家族のもてなしを受けました。不当な扱いを指示した長官たちには直々詫びを入れさせ、正義を明らかにしました。
これらの勝利の力は、神の恵み深いご介入にありましたが、それはパウロとシラスが最悪の状態の中で、キリストの御名によって、神に祈り、神を褒めたたえたところから始まります。主の十字架の血潮により、心と魂の勝利が与えられることのすばらしさを覚えましょう。
2026年7月5日
「暗闇の力との衝突」
聖書箇所:使徒の働き16章16-24節
ピリピでの宣教は、リディアの救いなど幸先の良いスタートを切りましたが、間もなく思わぬ妨害に会います。
1、直面した妨害と迫害
発端は、占いの霊につかれた若い女奴隷を、キリストの御名によって悪霊の束縛から解放したことによりますが、彼女の主人たちによる不当な告訴で、パウロとシラスは公権力のむち打ちと投獄を受けます。(Ⅱテモテ3:12)
2, 暗やみの力との衝突
キリストの福音を真正面から宣べ伝えようとするところでは、悪霊の強力な妨害工作が始まります(エペソ2:1∼2,6:12)。パウロは、この暗闇の力と正面衝突し、対抗して福音を人々に伝えているのです。
3,邪悪な敵に対抗し勝利するために
①まず真の敵(サタン)を見極めること(エペソ6:12)
②神のすべての武具を取ること(エペソ6:13~20)(Ⅰテサロニケ5:8)
③堅く信仰に立ってこの悪魔に対抗する(Ⅰペテロ5:9)
福音宣教の底流に流れるこの戦いを常に心にとめ、聖霊に満たされて戦い抜きましょう(Ⅱテモテ4:7)。
2026年6月
2026年6月28日
「我らの国籍は天にあり」
聖書箇所:使徒の働き16章11-15節・ピリピ3章19,20節
パウロの伝道チームは、神の導きを確信してトロアスからマケドニアに渡り、主要都市ピリピに行き福音を伝えます。
1,福音は全ての人に救いをもたらす神の力(ローマ1:16)
福音は(Ⅰコリント15:3~4)、人種、社会的階級、性別、経歴等一切かかわりなく(ガラテヤ3:28)、罪よりの救いをもたらす神の力です。
2、福音を聞く人の心を開くのは、主イエスである。(14節)福音を語る者と聞く者とを結びつける神の力が存在しま
す。純粋で確かな福音がまっすぐ語られる時、復活の主の
力が働きます(黙示録3:20)。ピリピにおいてルデヤにな
さったように主は今も変わりなく働いておられます。
3、福音を受け入れた人は天国の市民権を持つ(ピリピ3:20)
ピリピの町は、ローマ帝国の植民都市でした。この市民はローマ市民と同等の市民権を持っていました。それがピリピ市民の誇りでした。クリスチャンの誇りは、地上に住みながら天国の市民権を持っていることです。クリスチャンにとっては、地上は天国の植民地です。そしてキリストが救い主として空中再臨されることを待ち望んで生きる者なのです。携挙された時、私たちの国籍が天にあることを現実のものとして実感するのです。
2026年6月21日
「マケドニア人の叫びを聞く」
聖書箇所:使徒の働き16章6-10節
本テキストは「神の導き」について私たちに教えています。
1,神の禁止による導き
パウロの当初の伝道計画は、西アジアの中心地エペソを目指していましたが、聖霊によって禁じられ北上し、ピティニアに進もうとします。しかし、「イエスの御霊が」それを許さず、北西に進み、港町トロアスに下ることになりました。神の摂理と御旨の中に、GOも STOPも委ねて進んで行きました。
2、幻(ビジョン)による導き
トロアスでの夜、パウロは助けを懇願するマケドニア人の叫びを幻の中に聞きます。パウロは総合的に判断し、神の召しを確信し、マケドニアに渡り、ヨーロッパ宣教を開始することになります。
3、ビジョンと情熱(パッション)によって前進
神が与えられる様々な指示、命令、導きを私たちがどのように受け止めるかが大切です。己を捨て、主の御旨を選び、神の導きを、正しい判断によって確信し、情熱をもって進むお互いでありたいと願います。
2026年6月14日
「弟子テモテとの出会い」
聖書箇所:使徒の働き16章1-5節
1,神は成長させてくださる(Ⅰコリント3:7)
第1次伝道旅行で誕生したアジアの諸教会は、パウロらのわずかな指導期間で神の恵みによって存続し、成長していきました、神ご自身が聖霊と恵みのみことばによって養い育ててくださったのです。(使徒20:32)
2、神は必要を備えてくださる(ピリピ4:19)
第2次伝道旅行で、パウロ一行は、リステラ教会を訪れ、青年信徒テモテを出会います。彼は激しい迫害の中でのパウロの宣教の実であり、宣教チームに必要とされる器として成長していました。神ご自身が宣教の働きのために必要な人材を備えてくださったのです。後にテモテは、パウロに最も信頼される働き人の一人となり、彼の後継者となりました。(ピリピ2:20~32)
3、神は自由な思考を与えて下さる(ガラテヤ5:1)
パウロは、宣教のために有利であると考え、テモテに割礼を受けさせました。(ガラテヤ6:15、Ⅰコリント9:23)神は、律法や規則に縛られた考え方を福音のために解放し、キリストに在る自由を与えてくださるのです。
2026年6月7日
「使徒たちの決別」
聖書箇所:使徒の働き15章35-41節
▽聖霊に満たされたパウロとバルナバが「激しい反目」となり、別行動を立った事実は、私たちに驚きと動揺を与えます。素晴らしい信仰者であっても、感情的な対立が起こりえることを聖書は否定していません。むしろ、それぞれ信じるところにおいては本気であったという結果ということができます。
▽しかし人間の弱さや対立を超えて、神様は御業を進められます。二つの伝道チームによって福音が宣べ伝えられ、マルコにはセカンドチャンスが与えられ、のちには役に立つ者(Ⅱテモテ4:11)とパウロに認められる働き人になりました。マルコの福音書は、彼によって書かれたのです。シラスも、パウロの同労者となり素晴らしい働きの機会を得、ペテロの働きの協力者となりました。(Ⅰペテロ5:12)。しかも、この決別の結果、その後のキリスト教会への悪影響は何も残されていません。働き人相互の人間関係も同様です(Ⅰコリ9:5)。無気力な同意よりも、大きな益をもたらしたのです。(ローマ8:28)
2026年5月
2026年5月31日
「神とともに歩む」
聖書箇所:創世記5章21-24節
小坂嘉嗣監督による特別礼拝メッセージ
2026年5月24日
「求める者に与えられる聖霊」
聖書箇所:ルカの福音書11章1-13節
主イエスは私たちキリスト者が、いかに聖霊を求めるべきかを語っておられます。
1,基本的な心構え(2~4節)
それは「主の祈り」にあります。自分の利己的な思いからではなく、神の御名の栄え、支配、御心が最優先であることが、聖霊を求める動機であることを確認しましょう。
2, 三つの現実の認識
① 深刻な問題・課題との遭遇の認識
飢えと疲れに苦しむ友が、真夜中に突然訪問したことに示されています。② 無力で何の助けにもならない自分自身の現実の認識
出してやるものが無いという無力、無能な自己認識です。
③必ず顧みてくれる信頼できる友の存在の認識
聖霊の満たしは、父なる神の約束であり、キリストの命令です。
3、求める行動の実践
① 遠慮なく、なりふり構わず求める
②信頼をもって継続的に求める
③しつこく、あくまでもあきらめずに求める
ペンテコステは、ただ聖霊について学ぶ日ではなく、聖霊に渇き、求め、満たされ、主イエス・キリストを喜び讃える日です。
2026年5月17日
「聖霊と私たちは」
聖書箇所:使徒の働き15章13-33節
「聖霊と私たちは‥決めました」(28節)と、エルサレム会議の決定がアンティオキア教会宛の書簡に宣言されます。
1、神のみこころを何よりも重んじる決定(13~21節)
議長ヤコブは、ペテロやパウロらの語る神の救いの御業の事実を受け留めつつ、神のみこころを聖書のことばの確かな裏付けもって議論の結果を取りまとめました。
2,全会一致の決定(25節
)ヤコブは、ユダヤ人達を配慮しつつ、パウロらの主張(恵みと信仰による救い)を全面的に支持しました。この決定を、会議の参加者全員が納得し受け入れました。
3、聖霊の導きと私たちの決定(28節)
神は、信仰者の理性、知性、バランス感覚を無視して決定させるお方ではありません。神を恐れ、福音の真理を真剣に追及する者に、確信と平安を与え、心に深い頷きを与えて、私たちが決定できるよう導いてくださいます。(詩篇37:5、ピリピ2:13)
私たちの人生は、決断しなければならないことが数多くあります。その中には、人生の方向性を決定づける重大なものもあります。「聖霊と私は…決めた」と確信をもって宣言できるお互いでありたいと思います。主はそのようにさせてくださるお方です。(詩篇57:7)
2026年5月10日
「律法の時代から恵みの時代へ」
聖書箇所:使徒の働き15章6-12節
1、エルサレム会議の開催(6節)
この会議のテーマは「異邦人が救われるためには、まずユダヤ教に改宗する必要があるのか、それとも異邦人のままで信仰と恵みによるだけでよいか」でした。多くの激しい論争がありました。
2, ペテロの発言(7~11節)
彼は、異邦人コルネリウスに対して神がなさった救いの実例を示し、異邦人に改宗する必要はなく,改宗を迫ることは、追いきれない重荷を負わせることで、神を試みることになると主張しました。
3、パウロとバルナバの発言(12節)
彼らは、第一次伝道旅行の証しをしました。神が彼らを通して、異邦人の間で多くのしるしと不思議を行われた事実を述べ、神が信仰のみの救いを認めておられなかったら、このようなことはなかったと主張しました。
4,律法の時代から恵みの時代への変化
①新しい契約(エレミヤ31:31~33)(ルカ22:20)
②キリストのくびき(マタイ11:28~30)
③神の奥義としての教会(エペソ2:14,15)
イエス・キリストの十字架、復活、昇天、聖霊降臨により神の人類救済のご計画が新しい段階に入り、律法の時代から聖霊時代、恵みの時代、教会時代に移ったことに心を留めましょう。
2026年5月3日
「神の福音の本質」
聖書箇所:使徒の働き15章1-5節
1、最初の福音の真理のための戦い
ユダヤ人は、旧約聖書の預言を通し、ナザレのイエスこそ約束のメシヤと確認することによりキリスト者となります。しかし、異邦人がモーセの慣習に従って割礼も受けず信仰のみでキリスト者となることは、ユダヤ人キリスト者にとって強い違和感を覚えさせるものでした。そのため、パリサイ派のユダヤ人は異邦人の救いの為に、割礼と律法順守が必須条件であると主張しました。彼らは、これらの主張がエルサレムの使徒たちの公式見解であるかのように、アンティオケア教会で語りました。パウロとバルナバは福音の真理から逸脱する彼らの主張に真っ向から対立し、激しい論争となりました。そのため本部教会(エルサレム教会)に上り、決着をつけようとしたのです。
2, 福音の本質とは
十字架と復活の救い主イエス・キリストを信じるだけで、救われ一切の行いを必要としないことが、神の福音の本質です。
初代教会の指導者たちは、この大切な問題のためにエルサレム会議を開催したのです。(ローマ3:22,24,28)
2026年4月
2026年4月26日
「苦難の中での神の慰め」
聖書箇所:使徒の働き14章19-28節
1、石打ちにされるパウロ(19,20節)
ここに宣教のために受けるパウロの苦難が凝縮されています。彼は晩年、この時の迫害を想い起こし、キリスト者の受ける苦難について語っています。(Ⅱテモテ3:11,12)特にこの石打ち刑は、聖徒ステパノを死に至らせた彼の過去の痛み(使徒22:20)であり、第三の天の経験(Ⅱコリント12:2)にも関係します。
2, 神の慰めのご介入(20~23節)
①主がこの迫害と苦難の中から救い出してくださった(Ⅱコリント4:9)。
②リステラでの宣教の実…弟子たちが生み出され、その中に最愛の弟子テモテがいたこと(16:1,2)
③デルべにおける多くの宣教の結実(21)
④フォローアップによる教会形成(21~23)
3、神の慰めの報告会(26,27節)
この報告会は、パウロとバルナバの働きではなく、神が彼らを通し、異邦人世界に信仰の門を開いてくださったことが報告されました。栄光はただ主にあれ!
敬虔に生きようとするキリスト者に苦難と迫害を避けることはできませんが、主はともにいて下さり、慰め励まし、乗り越える力を約束しておられます。(ヨハネ16:33,2テモテ4:17)
2026年4月19日
「生ける神に立ち返れ」
聖書箇所:使徒の働き14章8-18節
パウロとバルバナが語ったリステラにおける説教に目を留めましょう。初代教会の異邦人世界へのメッセージの基本型がここにあります。
1、創造主である生ける真の神がおられる
「天と地と海、またそれらの中のすべての者を造られ生ける神」(15節)このお方(神)がおられるという世界感に立つ信仰が求められます。
2、創造主以外には神は存在しない
「世の偶像の神は実際には存在しない」(Ⅰコリント8:4)
3, 偶像から神に立ち返っていける真の神に仕えるように
これは全人類への神のメッセージです。(Ⅰテサロニケ1:9)
4,神に立ち返る道がイエス・キリストである
だれでもキリストによらなければ、父(神)のみもとにいくことはできない(ヨハネ14:6)「主に帰れ。そうすれば、主は憐れんでくださる。私たちの神に帰れ。豊かに赦してくださるから。」(イザヤ55:7)。
2026年4月12日
「恵みのことばの証し」
聖書箇所:使徒の働き14章1-7節
パウロたちは、イコン二オンのユダヤ人会堂においても力強い福音宣教の働きをしました。その結果、「ユダヤ人もギリシャ人も大勢の人々が信じ」ました。
1、主の恵みのことば
人々を生かすのは主の恵みのことばです。十字架のことば(Ⅰコリント1:18)、復活のことば、真理のことば(Ⅱテモテ2:15)、なのです。主はご自身の器パウロとバルナバによって、人々に恵みのことばを伝えたのです。
2、恵みのことばの証し
主ご自身が乗り出され、パウロとバルナバの手によって、「しるしと不思議を行わせ」、その恵みのことば(福音)の権威と確かさを立証されました。福音はすべて信じる者を救う神の力です(ローマ1:16)。聖霊は「罪について、義について、裁きについて、世に誤りを明らかになさいます。」(ヨハネ16:8)
3, 恵みのことばに対する応答
神の恵みのことばを、素直に信じ受け入れ救われる人と、反発と罵りと悪意を持つ人との二派に分かれる現象が起こります(4節)。昔も今も少しも変わりありません。十字架のことばは滅びる者には愚かなものと受け止められるのです。しかし、主は「義のために迫害されている者は幸いです」(マタイ5:10)と語り、主の恵みのことばを信じる者を祝福しておられます。
2026年4月5日
「開かれた墓の福音」
聖書箇所:ルカ24章1-12節
イースターの朝、み使いたちが女性の弟子たちに現れ告げた言葉に心を留めましょう。(5~6節)
1、弟子たちへの質問 「あなたがたはどうして生きている方を死人の中に捜すのですか」
弟子たちにとって、イエス様こそ、希望であり、幸福であり、喜びでした。しかし主の死によって失望と落胆の中にいる者に、み使いは死んだキリストではなく、生きておられるキリストを求めよと語られたのです。
2、明確な否定 「ここにはおられません」
主は確かに金曜日の夕刻には墓に葬られました。しかし、墓の中は空です。復活の事実を消極面から告げています。
3, 復活の事実の宣言 「よみがえられたのです」
①聖書の絶対的な真実性(Ⅰコリント15,3,4):聖書に書いてある通り、キリストの死と復活があったことはゆるぎなき歴史的事実です。
②キリストの死は私たちの罪のために死なれた贖罪死であり、この方以外に救いはない(使徒4:12)ことを示す確かな証拠がキリストの復活なのです。
③主がよみがえられように、信じる私たちも主の空中再臨の時によみがえる確かな希望が与えられています。