礼拝メッセージ

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2022年6月

2022年6月26日

 

「主イエスの予告」

聖書箇所 ヨハネの福音書13章21-38節

1.裏切り者の予告
12弟子の一人が主を裏切ると語り、これは事が成った時、弟子たちがが、主イエスが神であることを信じるためでした。(19節)同時に、裏切りを心に決めたイスカリオテのユダに対して悔い改めを促し、最後まで愛を示された主の心を見るのです。(1節)しかし、光を拒み、闇の中に飛び込んだユダの態度に罪の恐ろしさを教えられます。(30節)
2.十字架の死と復活の予告
主イエスの十字架は、父なる神の御旨に従われた人の子イエスの栄光です(ピリピ2:8~9)主イエスの復活は神の大能力の働き(エペソ1:20)の現れであり、神の栄光です。(ローマ10:9)この事実に基づき、主イエスの血による新しい契約が与えられ、新しい戒めが与えられたのです(34節)。
3.ペテロの否認の予告
ペテロは、自分の忠義心による真面目な努力や頑張りで主に従おうとしました。しかし、それは事が起こった時に、いかに空しいものであるかを主は語られました。
私たちが主に従うためには、十字架と復活の福音によって救われ、きよめられ、聖霊に満たされることがどうしても必要なのです。

2022年6月19日

 

「弟子たちの足を洗う主」

聖書箇所 ヨハネの福音書13章1-20節

1.最後の晩餐の席で
この時の主イエスは、翌日に迫る十字架の死を意識し、福音の担い手となる弟子たちにどうしても語っておきたい大切なメッセージがありました。しかし、弟子たちは、競争心と支配欲に満ち、(ルカ22:24)主の教えを聞く備えが出来ていませんでした。
2.弟子たちの足を洗う
無言で立ち上がり、主イエスは僕となり、汚れた弟子たちの足を洗い始めました。この時、弟子たちは、自らの高慢を恥、決まり悪さを感じながら主の洗足の御手を受けたのです。
3.洗足の行為の解説
主イエスは自ら示された模範に倣い、互いに足を洗うことを命じられました。それは互いに仕え合い、赦し合い、愛し合う(コロサイ3:13)ことを意味し、キリストの弟子として生きることなのです。そしてこれを行うなら幸いであると約束されました。(17節)聖霊を受けたペンテコステの後に、弟子たちはこの教訓に生きる者と変えられました。
私たちも、主の心を知り、信仰によって御霊を受け、恵みによって実践するお互いとなりましょう。

2022年6月12日

 

「主は生きておられる」

聖書箇所 Ⅰ列王記16章29節ー17章1節

堕落した暗黒の時代の北イスラエルに、預言者エリヤが遣わされ、悪王アハブに宣言をしました(17:1)。
1.主のみことばは必ずそのとおりになります。
エリヤの宣言はそのとおりになりました。五百年前のヨシュアが言った誓いのことば(ヨシュア6:26,27)もそのとおりになりました(16:34)。
2.主は罪を正しくさばかれます。
北イスラエルは偶像崇拝と性の乱れが顕著でした。空しい偶像崇拝で自分の欲を満たすことは、罪です。結婚を祝福してくださる主のみこころから外れた、性の乱れは罪です。主は罪を厳しく裁かれます(申命記5章7-9節)。
3.主は忍耐しておられます。
さばき主である神は、愛なる神です。主は愛ゆえに忍耐しておられます。だれも滅びることなく、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです(Ⅱペテロ3:9)。
 エリヤは生きておられる神が、どのようなことをされるか、どのような不思議をなさるか、実際に自ら体験していきます。私たちも日々の生活の中で、主なる神が生きておられることを体験し、感謝し、証し、宣教していこうではありませんか。

2022年6月5日

 

「聖霊降臨の事実」

聖書箇所 使徒の働き2章1-18節

1,いつ起こったか
五旬節(ペンテコステ)の日に起こりました。出エジプトから50日にシナイ山で、イスラエルの人たちがモーセを通して律法(十戒)を頂いたことを記念する日であり、主イエスの復活から50日目です。
2,どこで
最後の晩餐の個人宅の二階座敷か(1:13)、神殿エリア(ルカ24:53)か定かではないが、エルサレムであることは確かです。
3,だれに
主イエスの約束を信じ、祈り求めていた120名の弟子たちに起こりました。(使徒1:15)
4,何が起こったのか
約束の聖霊が、主イエスによって注がれました。(2:33)これは聖霊時代の到来であり、教会時代のスタートです。力、きよめ、領有、宣教の聖霊の働きにより、神の人類救済のご計画が成し遂げられるのです。
 今、この聖霊時代に私たちは生かされています。ペンテコステの日と同じように、私たちも信じて求めるなら、聖霊に満たされます。そしてキリストの証人となるのです。(1:8)


2022年5月

2022年5月29日

 

「群衆への最後の教え」

聖書箇所 ヨハネの福音書12章12-36節

エルサレム入城の翌日、主イエスのもとに数人のギリシア人が面会を求めてきました。その時、主はご自分の十字架の死を深く意識され、群衆への最後の教えを語られました。
1,一粒の麦の教え
 主は自然界の生命の営みを語りつつ、霊的真理を示されました。それはご自身の十字架と復活を意味しています。自分を捨て、神のみ旨、ご計画に生きる時、多くの結実と祝福が与えられるのです。
2,主イエスの祈りと天からの声
 ゲッセマネの祈りのような内容がここに示されています。父なる神の御心に生きる決断を示す主イエスに、天からの励ましの声が聞こえてきました。これは群衆が主を救い主として信じる励ましでもありました。
3,光あるうちに信ぜよ
 恵みの時は限りがあります。やがて闇がおおう時が来るからです。明確な決断と告白をし、主イエスを救い主として信じましょう。(詩95:7,8, Ⅱコリント6:2)

2022年5月22日

 

「いのちに溢れて」

聖書箇所 ヨハネの手紙第一5章12-13節

小坂嘉嗣監督による特別礼拝メッセージです。

2022年5月15日

 

「勝利の入城」

聖書箇所 ヨハネの福音書12章12-19節

1、メシヤとしての公式入城
主イエスの時がついに来ました。この日、主は公式に初
臨のメシヤ、すなわち受難のメシヤとしてエルサレムに入城され自らを現わされました.迎える群衆は、王の王としてメシヤ(再臨の主)を期待して熱狂しました。
2、ろばの子に乗って
 なぜ、主は弱く小さなろばの子に乗ってこられたのでしょうか。弟子たちでさえ、その時は理解できませんでした。それは、メシヤのエルサレム入城に関する預言の成就のためでした。(ゼカリヤ9:9)
3、勝利の入城
この五日後、ユダヤ当局者たちの巧みな扇動によって、群衆は主イエスを十字架につけろと叫ぶ者たちとなります。主は十字架で死なれ敗北した様に見えますが、これこそ父なる神の御旨であり(イザヤ53:10)みこころを成し遂げることにおいて主は勝利されたのです。私たちの勝利とは、主イエスを信じることにより、罪と世とに打ち勝つことであり(Ⅰヨハネ5:4,59)、神のみこころに全く従うことなのです。

2022年5月8日

 

「香油を注ぐマリヤ」

聖書箇所 ヨハネの福音書12章1-8節

1、主イエスへ最大限の感謝
死んでいた弟ラザロが、主イエスによって生かされた
喜びと感謝を彼女は表現したのです。主イエスの信仰と愛によって、持っている最高のもの、なしえる最高のことをもって主に仕えたのです。
2、周囲の人に理解されない行為
なんて無駄なことをするのか、感情的にならないでもっと理性的に行動したら、もっと良い使い方があるではないか、‥マリヤの行為に、周りは否定的でした。特に金銭に換算して考えるユダには考えられないことでした。
3、主イエスの判断
主は、うわべではなく心をご覧になられます(Ⅰサムエル16:7)マリヤの信仰と愛からなされる奉仕を喜び、神の恵みを計算に入れない常識や打算に満ちた人々の批判を制しました。さらに、この行為が「主の葬りの日のために」なされたものと知り、どれほど主にとって慰めとなったことでしょうか。純真な信仰と愛、大きな勇気と大胆さ、マリヤの行為は主の心を動かしました。

2022年5月1日

 

「大いなる奇跡の後で」

聖書箇所 ヨハネの福音書11章29-57節

主イエスのことばとしるしは、人々を二分します。ラザロの復活の出来事を通して多くのユダヤ人たちが、主を信じるようになりました。しかし否定できないメシヤ的奇跡を目撃した人たちは、信じる者と敵意を抱く者に分かれたのです。
1、信じた人々
 素直に単純に主イエスを信じました。天国は、このように受け入れる人たちのものです。(マルコ10:15)
2、主に敵意を抱く人々
 どのような奇跡を見ても、主イエスをメシヤと認めることが、自分たちの立場や経済的利益、メンツ、プライドを傷つけることになることを恐れ、ユダヤ人議会は、主イエスの殺害を決めます。(ローマ1:19~21)
3、この以外に救いはない(使徒4:12)
 やがて、ペンテコステ後、主の弟子たちがこのユダヤ人議会に立ち、主について力強く証言します。
主イエスは
①創造主が人間となられ、私たちに寄り添われた方
②全人類の罪の身代わりに十字架で死なれた方
③死んで葬られ、三日目に甦り今も生きておられる方
あなたは、主イエスに対して、どのような態度を取りますか


2022年4月

2022年4月24日

 

「信じれば神の栄光を見る」

聖書箇所 ヨハネの福音書11章28-44節

1.神の栄光を見る
死んでいたラザロが、今現実にこの場でよみがえることを意味します。同時によみがえりであり、いのちである主イエスを知る実物教育(object lesson)の機会ともなるのです。(Ⅰテサロニケ4:16,17)
2.信じるなら見る
私たちは、神の奇跡を見ることが出来たら信じるという信仰になりがちです・しかし、主イエスは私たちが信じることによって御業をなさるのです。「見ないで信じる者は幸いです」(ヨハネ20:29)
3.私たちへの信仰のチャレンジ
呼んでおられる主イエスの御許に直ちに行き、不信仰の大岩を取り除けて、主イエスを信じることは、私たちがすることです。この時、神は主イエスによって、ご自身の栄光を示されるのです。

2022年4月17日

 

「キリスト復活の福音」

聖書箇所 Ⅰコリント15章12-26節

1.信仰の確証としての復活
イエス・キリストの復活は、キリスト者の信仰の基盤です。主の十字架による救いは主の復活によって確証されました。私たちの信仰は、キリストの復活の事実を根拠としているのです。(ヨハネ2:19)
2.死に対する勝利としての復活
罪は人類に死をもたらしました。しかしキリストに在って永遠のいのちが信じる者に与えられます、(ローマ6:23)イエス・キイストは、復活により罪と死に対して完全な勝利者であることを示し、信じる者に確かな希望を与えるのです。
3.眠った者の初穂としての復活
「わたしを信じる者は死んでも生きる。(ヨハネ11:25,26)」と語られた主イエスは、自ら初穂として復活され、あとに続くキリストに在る私たちによみがえりを約束されました。空中再臨(携挙)の時に実現するのです。(Ⅰコリント15:50~58 Ⅰテサロニケ4:13~18)

2022年4月10日

 

「十字架上での叫び」

聖書箇所 マルコの福音書15章33-39節

主イエスは十字架にはりつけられ、6時間苦しまれました。その後半には闇が全地をおおっていましたが、主イエスは死の直前に大声で三度叫ばれました。
1.「わが神、わが神、どうして・・・」(34節)
罪のないお方なる主イエスは、全人類の罪ののろいを身代わり受けてくださったのです。(Ⅱコリント5:21)神との親しい交流は断絶し、霊的な死を経験されました。
2.「完了した」(テテレスタイ)(ヨハネ19:30)
神の怒りの杯を飲みほされ、人の罪の贖いが成就したことを主は宣言されました。罪の負債は完済され、完全な義の満足をもって、神はキリストによって罪人を赦し受け入れることができるのです。(ローマ3:24,26)
3.「父よ、わたしの霊を・・・ゆだねます」(ルカ23:46)
主はこの時、父なる神との断絶(霊的死)から復活し、今一度「父よ」とお呼びする関係となられ、勝利を宣言し、御父に霊を渡されたのです。
神の義と愛が結集し、キリストによって成し遂げられたこの十字架を「わたしのため」と信じ仰ぎましょう。

2022年4月3日

 

「死の問題の確かな解決」

聖書箇所 ヨハネの福音書11章1-27節

1.死とは何か(13,14節)
死とは、私たちが消えてなくなることではありません。聖書は、三つの意味での分離を意味すると語っています。
①霊的な死…神から離れている状態(エペソ2:1~3)
②肉体の死…魂と肉体が分離した状態(へブル9:27)
③永遠の死…魂が神から永遠に切り離された状態(黙20:12,13)
2.よみがえりでありいのちであるキリスト(25節)
イエス・キリストはこの死から救い出すために来られた救い主です。①は、主イエスとその十字架の贖いを信じた瞬間に与えられます。②は、キリストが空中迄来られる携挙の時に実現します。この第一の復活にあずかる人は、③の第二の死は、なんの力を持っていません。(黙20:6)
3、あなたはこのことを信じますか(26節)
この素晴らしい救いと希望は、主イエスを信じつながる者に与えられる神の約束です。(ローマ6:23)この恵みは、肉体の生命をお持ちである今が受け取るチャンスです。素直にまっすぐに信仰をもって応答しましょう。


2022年3月

2022年3月27日

 

「キリストを信じるために」

聖書箇所 ヨハネの福音書10章31-42節

1.聖書のみことばの正しい理解(34~36節)
ユダヤ人は旧約聖書を信じていましたが、「言い伝え」と呼ばれる口伝律法を同時に信じ、聖書が示す教えをゆがめて信じていたため、イエス様がわからず、神を冒涜する者として殺そうとしていました。
2.キリストの業を信じる(37~38節)
イエス様がなされた数々の奇跡と行動を、神からのものとして受け入れることが大切です。特に十字架と復活の事実こそ、信じる者を救いに得させる福音なのです。(Ⅰコリント15:3,4)
3.キリストの証人(41~42節)
キリストを体験的に知る者が、真実な事実を語るとき、人々の心はキリストとそのみ言葉に向けられます。(ローマ10:17、へブル12,2)
聖書のみ言葉を正しく理解し、キリストの事実を受け入れ、キリストを主として仰ぎ見る時、聖霊によって救われるのです。(ローマ10,9,10)

2022年3月20日

 

「神にとって大切なあなた」

聖書箇所 ヨハネの福音書10章22-30節

1.信じないユダヤ人の宗教的指導者たち(25,26節)
イエス様のことばを聞いても、奇跡的なわざを見てもキリストと認めることを拒否し信じませんでした。そればかりかイエス様に対し、神を冒涜する者として石打ちにしようとさえしました。頑な高ぶった心のため真理を正しく判断し受け入れることが出来なかったのです。
2.イエス様の羊の群れに属する者たち(27~29節)
主イエスとの個人的な信頼と服従の関係にあり、永遠のいのちを与えられ、永遠の保証が与えられています。主イエスはご自身に属する者(羊)をすべてにまさって大切にしておられます。
3.父なる神とイエス様の愛(30節)
イエス様は羊のために生命を捨てることによってその愛を示されました。(ローマ5:8、Ⅰヨハネ3:16)主イエスは十字架で死んで、葬られ、三日目に復活し、今も変わりなく生きておられる救い主です。そのお方が私たち一人ひとりを何よりも大切な宝のようなものとして、守り、養い、導き、携挙してくださいます。キリストに属する者となることはなんと幸いでしょうか。

2022年3月13日

 

「わたしの心だ。きよくなれ」

聖書箇所 マタイの福音書7章28節ー8章4節

主イエスが山から下りて来られたとき、ツァラアトに冒された人が主のみもとに来ました。
1.彼は人々から隔離され、見放され、差別され、孤独の中で生きてきました。私たちも、ツァラアトに苦しんだ彼のように、滅びに向かっている罪人です。
2.彼は主イエスの前に進み出て、礼拝し「主よ。お心一つで私をきよくすることがおできになります」と告白しました。私たちも主を礼拝し、主の主権に自らをゆだね「主よ。あなたのお心にかかっています」と告白しましょう。
3.主イエスは彼にふれ「わたしの心だ。きよくなれ」と言われ、彼を瞬時にきよめられました。主はあなたにふれ、あなたを罪からきよめ、主ご自身のあたたかい心を与えてくださいます。
驚くばかりの恵みがここにあります。「山上の説教」の主イエス・キリストは、権威ある者として立っています。主は十字架でご自身の血潮を流し、どんな罪や汚れも赦し、きよめてくださるのです。

2022年3月6日

 

「良い牧者キリスト」

聖書箇所 ヨハネの福音書10章1ー18節

良い牧者のたとえは、主イエスがいかに素晴らしく尊いお方であるかを告げています。
1.キリストは羊たちの門(9節)
私たちの救い、保護、養い、豊かないのちは、門である主イエスを通して与えられるのです。この門こそ、永遠のいのち、救いときよめの道なのです。(ヨハネ14:6)
2.キリストは良い牧者(11,14節)
①羊に仕える(マルコ10:45)
②羊を養い育てる(詩篇23篇)
③羊のために命を捨てる(11節)
④一つの群れをつくる(16節)
私たちの、信仰生活は、キリストを通してスタートし、キリストによって守り導かれ、キリストにあって天の御国のゴールに至るのです。(へブル12:2)


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