礼拝メッセージ

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2021年5月

2021年5月9日

 

「まず第一に」

聖書箇所 マタイ6章25-34節

心配から解放されて、天の父を信頼するとき、「まず第一に」と優先順位がはっきりします。その
1.前提は、よく見て、よく考えることです。空の鳥、野の花を観察してみましょう。それら以上に、主の目にあなたは価値があり、主はあなたに良くしてくださいます。(25-34)
2.集中は、まず神の国と神の義を求めることです。御国が到来して神さまのみこころが完全に行われる時まで、一番を第一にしましょう。必要はすべて満たされます。(31-33)
3.使命は、一日の苦労で十分です。明日は神に属します。明日を主の御手にゆだね、与えられている今日一日を力いっぱい生きましょう。(34)

2021年5月2日

 

「絶望の淵からの再起」

聖書箇所 詩篇6篇1-10節

この詩篇は、ダビデが、わが子アブサロムに反逆され、精神的肉体的な激しい苦痛の中で祈った夜半の祈りです。
彼は、この悲惨な境遇に陥った最大の原因を、過去に犯したバテ・シュエバとの姦通に対する神からの懲らしめとして受け止めています。罪の苦しみ程深刻なものはありません。罪は神から隔絶し、死と黄泉に通じる苦痛なのです。
しかし、このような暗黒の中で、ダビデは確信と勝利が与えられます。「主が私の泣く声を聞かれたからだ。」(8節)涙と悔い改めの祈りが、主に聞かれたと確信したのです。
神の前に出て泣ける人は幸いです。
主は、砕かれた霊、砕かれた心(詩篇51:17)をさげすまれません。主の十字架の血潮により頼む真実な訴えを聞き、受け入れられるのです。


2021年4月

2021年4月25日

 

「神の語りかけを聞く祈り」

聖書箇所 第一サムエル記3章1-21節

1.「しもべは話します。主よ、お聞きください」
これは人間が主格となって神に祈る典型的な態度ではないでしょうか。ただ、熱心に一方的に神に命じたり、お説教したりする祈りは神の御旨ではありません。
2.「主よ お話ください。しもべは聞いております。」9節
サムエルが師匠のエリに教えられた祈りは、神が主格となることを承認する祈りです。サムエルは心を開き、神の御声を聴きました。その結果、神への献身と服従に生き、成長し、主と共に生きる器となりました。(19-21節)
3.神の語りかけを日々聞く営み
愛なる神は、私たちと真の交わりを求められます。交わりは互いの語らいの中で育まれます。日々の祈りと聖書のみことばの拝読のうちに、また聖日の礼拝の営みのうちに、主の御声をさらに深く聞くお互いでありたいと願います。

2021年4月18日

 

「神のみこころを確信して立つ」

聖書箇所 士師記6章11-24節

◇神の選び
神は、臆病で小心者のギデオンを「力ある勇士」と呼び、イスラエルの民をミデアン人の手から救う指導者として任命されました。神は、ギデオンに霊を注ぎ、強めて用いられます。神の力によって、見事にイスラエルに勝利をもたらしたのです。
◇使命
私たちキリスト者も、ギデオンのように無力で小心者ですが、自分の力では到底成し遂げることのできない、福音宣教の使命を神から与えられています。(マタイ28:19,20)
◇ともにある恵みと祝福
同時にその使命を全うする恵みと祝福も与えられていることを覚えましょう。主の豊かな臨在と守り、必要の供給と上よりの平安と力は、この使命に生きる者とともにあるのです。神の御心を信じ確信して立つものとなるよう祈りましょう。(コロサイ4:12)

2021年4月11日

 

「主導権をだれが取るのか」

聖書箇所 ヨシュア記5章13節-6章7節

エリコの戦いを前にして、責任感から気負いがあったヨシュアに、主なる神が「主の軍の将」として現れ、ヨシュアは、勝利はただ神にあることを学びます。
この戦いは、自分たちの戦いではなく、主の戦いであり、主導権は自分ではなく、主が持っておられることを認め、すべての指導を主に仰いで、服従することが勝利の要件であることを確認します。信仰によってエリコの城壁が崩れ落ち勝利を得ます。(へブル11:30)
私たちは、イエス様を主として信じ、従っているつもりですが、様々な問題に直面すると、自分が主導権をとって、ことを行い悩み苦しんでいないでしょうか。
主にすべての重荷を委ね、主に従う時、主が勝利を与えてくださるのです。(詩篇55:22、Ⅰペテロ5:7)

2021年4月4日

 

「ともに歩まれる復活の主」

聖書箇所 ルカの福音書24章13-32節

よみがえられたイエス様が、エマオ途上にある二人の弟子たちに現れます。
1.同伴者(15節)
私たちの人生のどのような局面でも、一緒に歩いてくださるお方です。人生が暗闇の中に置かれ、喪失、病気、死に直面する時でさえ、主は私たちのすぐそばにいてくださるのです。(詩篇23:4)
2.教師(27節)
イエス様は、私たちにみ言葉(聖書)から、教えてくださるお方です。(詩篇119:105)その時、私たちの人生の出来事は、新しい意味を持ち、確かな希望を抱くようになります。
3.主人(30節)
私たちの願いに応じて(29節)溢れる祝福を持って私たちの家(心)に来られます。そして主人となり、私たちのためにいのちのパンを裂いて与えてくださり、生きる力となってくださいます。(詩篇23:5,6)
主イエス様は、今も生きておられ、私たちの生涯に力強く働いてくださいます。


2021年3月

2021年3月28日

 

「十字架上の祈り」

聖書箇所 ルカの福音書23章34-42節

十字架上の極限状態の中で発する言葉は、心底からの本音の叫びであり、むき出しの真実であると言えます。
1.主イエスの祈り(34節)
主イエスの一番の関心事は、赦されなければならない人々でした。私たちの救いのために、主は人となってこの世に来られ、私たちの罪のために、代償の死をその身に受けられたのです。(Ⅰペテロ2:24)これは、綺麗ごとではなく本物の神の愛の現れなのです。(ローマ5:8)
2.犯罪人の祈り(42節)
十字架にかけられた犯罪人の一人が「私を思い出してください」と主イエスに願ったのは、遠慮ではなく、彼の信仰です。(マタイ8:2)その信仰によって、彼は救いの恵みにあずかり、天国に入る保証を主によっていただいたのです。
本物の愛と真実、そしてキリストの福音の驚異の恵みが、カルバリの十字架上での祈りに示されています。

2021年3月21日

 

「振り向いて見つめられる主」

聖書箇所 ルカの福音書22章54-62節

鶏が鳴いた時、たまたま主イエスとペテロの目が合ったのではなく、意図的に主が振り向き、ペテロに視線を送り見つめられたのです。この主のまなざしは何を意味しているのでしょうか。
1.気づかせるためのまなざし
ペテロは主のことばを思い出し(61節)否認の予告を否定し強がって忠誠心を示しましたが、主から離れては何もできない無力なものであることを思い知ります。(ヨハネ15:5)自己保身のため主を知らないと言いつつ呪いをかけて誓った恥ずべき態度と証にならない醜い心に直面したのです。
2.愛と赦しを語るまなざし
ペテロは、主のまなざしに、怒りや軽蔑の視線を感じませんでした。愛と赦しともって祈る主の心の痛みを見たのです。(31~32節)この愛に触れ、激しく泣いたペテロが、後に恵みと力に満ちて、キリストを証しする説教者になるとは、だれが想像できたでしょうか。主のまなざしは、今も変わりなく、私たち一人ひとりに向けられています。(教福讃219)

2021年3月14日

 

「天に宝を、天に心を」

聖書箇所 マタイの福音書6章19-24節

主イエスは命令されました。自分のために、
1.地上に宝を蓄えるのはやめなさい
すべては主からの預かりものです。私利私欲に用いられた宝のすべては、空しく消えるのみか、その魂を永遠に滅ぼします。(ルカ12-15-21)
2.天に宝を蓄えなさい
天に蓄えた宝は一万パーセントの還元率です。主は永遠にその宝を生かし、永遠にわたる報いがあなたを待っています。(マタイ19:21,29,ルカ12:33,34)
3.宝と心は切り離せない
宝は私たちの心を奪い、支配します。
地上の宝があなたを支配していますか。
それとも神ご自身があなたの宝ですか。
あなたの目は澄んでいますか。それとも濁っていますか。
あなたは神に仕えていますか。それとも富に仕えていますか。

2021年3月7日

 

「神が用いられる人」

聖書箇所 出エジプト記3章1-12節

神はご自身のご計画を遂行するために人という器を用いられます。イスラエル民族の出エジプトのご計画を実行に移すために、ふさわしい器を求めておられ、「モーセ」という器を見出されました。
モーセは信仰によって、エジプトの宝より、キリストの故の辱めを大きな富とし、40年間荒野で羊飼いの生活をします。その間、様々な神の取り扱いを頂き80歳の時、ホレブ山で神の顕現を頂き神の器として用いられます。
1、きよめられた器
神は単に有能な器ではなく、きよめられた器を用いられます。(Ⅱテモテ2:21)
2、自我に砕かれた器
モーセは主の顕現により、神の御前に全く砕かれます。
3、召命と派遣の御声を聴く器
自分はふさわしくないと自覚しつつ、神には不可能なことはないと信じ、その自分を全く主に委ねる時、主に在って強くせられるのです。(使徒7:36、ピリピ4:13)


2021年2月

2021年2月28日

 

「主がともにおられる者の幸い」

聖書箇所 創世記39章

創世記39章には、「主がヨセフと共におられたので」という言葉がたびたび出てくるのに気が付きます。ここにヨセフが受けた幸いの秘訣があります。
1.心と体とすべての営みに及ぶ神の祝福(1~6節)
ヨセフは、自分を売り飛ばした兄たちを憎むことをやめ、現状を受け入れました。共におられる主は、彼と彼のすべての営みを祝福され、その祝福は関係者にまで及びました。
2.罪への誘惑から守られる幸い(7~23節)
主人の妻から性の誘惑を受けた時、神の御前に歩むヨセフは断固拒絶し、そのために受ける冤罪の不利益も恐れませんでした。牢獄にあっても、そこが祝福の場となりました。
3.神の摂理の御手に導かれる幸い
不幸と苦難の連続に見えるヨセフの半生ですが、神は一貫して特別な計画をもって、彼の人生を導いておられました。(伝道者3:11)その結果、彼とその一族そして多くの人々の命を救うことになります。(創世記50:20、ローマ8:28)

2021年2月21日

 

「神と夜明けまで格闘した人」

聖書箇所 創世記32章22-32節

1.格闘の背景
20年ぶりに故郷に帰る途上、ヤコブは兄エサウとの再会に大きな不安と危機感を覚え、底知れぬ恐れに苦しみます。マハナイムで見た沈黙の天使の軍団は何を意味するのでしょうか(1節)このことは、聖なる神によるヤコブへのさらに深い取り扱いの時となるのです。
2.格闘するヤコブ
兄との再会の前夜、ヤコブは家族と別れ一人となり、夜を徹して神と格闘するような祈りを捧げました。初めは兄との和解のため祈っていたヤコブを、神は問題の本質に心を留めるよう導かれました。ヤコブは自己中心を告白し、全く砕かれた心となりました。主はヤコブを「イスラエル」と改名されましたが、それは彼の心にきよめの業がなされたことを意味します。ヤコブは神の祝福にあずかった場所を「ペヌエル」(神の御顔)と呼び記念します。(マタイ5:8)
3.格闘の後
神にすべてを委ね、新しくされたヤコブは、兄エサウとの劇的な和解を果たします。(箴言16:7)ヤコブは神により頼みつつ、一歩一歩神によって導かれていく新生涯に入ったのです。(Ⅱコリント5:17)

2021年2月14日

 

「赦しから赦しへ」

聖書箇所 マタイの福音書6章9-15節

1.赦しの恵み:神は、ひとり子を十字架におかけになって、こんな罪人の私たちを豊かに赦してくださいました。(エペソ1:7)それゆえ私たちは「天にいます私たちの父よ(9節)」と祈ります。
2.赦しの必要:私たちは日ごとの糧と同じくらい、日ごとに赦しを必要としています。私たちの側も「私たちに負い目のある人を赦し」、「人の過ちを赦」し、互いに赦し合うことが、主のみこころです。(マタイ18:35,マルコ11:25)
3.きよめへの招き:赦してこそ、主の十字架の愛と犠牲の大きさがわかってきます。主イエスの十字架の血潮で罪をきよめていただくとき、真に赦すことができます。(ルカ7:41,42)

2021年2月7日

 

「神の臨在を知るヤコブ」

聖書箇所 創世記28章10-22節

ヤコブは逃亡の旅の途中、一人、不安と恐れの暗闇の中で野宿し、石を枕に横になります。(詩篇50:15,130:1)その夜、不思議な夢を見ます。ヤコブは神の実在を直観し、目覚めたとき、その場で、神に誓願を立てて祈ります。
この経験は、ヤコブに大きな変化を与えます。
1.父の神が私の神となった関係の変化、
2.見えない霊の世界に目が開かれ信仰が一元化となる変化
3.共におられる神を知り、人生に平安と希望が与えられる
私たちは、この祝福を主イエス・キリストによって与えられることを心に留めましょう。(ヨハネ1:51)


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