礼拝メッセージ
2026年1月
2026年1月4日
「神に祝福を求める」
聖書箇所:歴代誌第一4章9,10節
1,キリストの贖罪に頼る
神の祝福を求める時、まず問われるのは、神と私たちの関係です。罪が障害となる時、祈りは聞かれません。(イザヤ59:1,2)キリストの十字架に頼り神に帰るところから祝福はスタートします。(イザヤ55:7)
2,大胆に求める「私を大いに祝福してください」
私たちはキリストの御名によって、大胆に神に祝福を求めることができます。(へブル4:16)
3,積極的に求める「私の地境を広げてください」
ヤベツは宿命的な過去のハンディを乗り越え、より影響力のある者となることを求めました。自己中心や自己達成の欲ではなく、神のご栄光のために求めたのです。
4,神の御手に依存する「御手が私と共にありますように」
より大きな前進と影響力には、大きな責任が伴います。全面的な神のご介入と力が必要となるのです。彼は信仰によって求めました。(へブル11:6)
5,霊的攻撃からの守り「わざわいから遠ざけ」
神の祝福を受ける時、勝利と喜びの中に危険があります。プライドや自己満足が、神により頼む感覚を鈍らせます。私たちは、「悪からお救いください」という祈りが必要なのです。(マタイ6:13)
2025年12月
2025年12月28日
「神とともに歩む」
聖書箇所:創世記5章21-24節
クリスチャン生涯は、「神とともに歩む」生涯です。アダムから7代目のエノクは、その手本として語られています。
1,その転機
エノクは息子メトシェラの誕生時、65歳で神とともに歩み始めたのです。この時に、彼は信仰によって神を知り、その驚くべき計画を知ったのです。メトシェラの死後間もなく、人類滅亡に至る神の審判の事実を信仰によって知ったのです。彼は人生の厳粛さを覚え、神を恐れ、神とともに歩み始めたのです。(ユダ14節)
2,その継続
エノクは300年間継続して神とともに歩み続けました。道徳的には劣悪な社会にあり、複雑な家庭環境の中にありながら、神との親密な関係を続けてきました。(ミカ6:8)
3, その終局
エノクは突然天に移されました。世人には行方不明者と扱われたかもしれませんが、携挙されたのです。主とともに歩むすべての聖徒は、主の御手にひかれつつ、肉体のままであるか、肉体を離れてであるかは知りませんが、愛する主の御国に移される栄光に与るのです。(へブル11:5,6)
2025年12月21日
「それは御子を信じる者が」
聖書箇所:ヨハネの福音書3章16節
「御子を信じる」とは、「神の御子であるイエス・キリストを救い主として信じること」です。では、「信じる」とは
1.仰ぎ見る(ヨハネ3:14∼15)
神が人類の救いの為に備えられた道に従うことです。十字架で私たちの罪をその身に負われ呪われたイエス様を、個人的に信頼することです。信じるとは十字架のキリストを仰ぎ見ることです。(民数記21:4∼9、へブル12:2)
2,光の方に来る(ヨハネ3:17∼21)
神の愛を信頼して、心を神に対して開くことです。信じるとは、キリストのもとに来ることです。(ヨハネ6:35、マタイ11:28)
3,神の恵みによる(エペソ2:8口語訳)
例外なく、御子を信じる者は、恵みよって救われるのです。私たちの信仰の大小、強度、純度によってではなく、ただ神が与えてくださる救いに手を差し出して受け取ることが信仰なのです。(ルカ18:13)
2025年12月14日
「滅びることなく、永遠のいのちを」
聖書箇所:ヨハネの福音書3章16節
1,人間の惨状
本来あるべきところ(神)から離れ、自分で戻ることができず、滅びる以外にない迷い出た子羊のような存在として、聖書に人間が示されています。(イザヤ53:6)また、自分の背きと罪の中に死んでいた者(エペソ2:1)として語られています。
2、唯一の解決としてのイエス・キリスト
神はひとり子イエスに、十字架において私たちすべての者の咎を負わせ、その代償の死によって私たちを救う道を開かれました。そして、神は御子イエスを死者の中からよみがえらせ、私たちに救いの確証を与え、神との交わりのうちに生きる者としてくださったのです。
3,唯一の救いの条件
「御子を信じる者」に与えられます。そしてその人に神は「滅びることなく、永遠のいのち」が与えられます。ひとり子をお与えになった神の愛をイエス・キリストを信じることによって体験されますように。(ヨハネ17:3)
2025年12月7日
「神は、実に、そのひとり子を」
聖書箇所:ヨハネの福音書3章16節
1,神は実に
聖書が、私たちに教えている第一のことは、神が存在しているということです。神は目に見えない方ですが、確かに存在しておられます。この神は万物を創造された方であり、三位一体の神、そして、裁き主で(審判者)です。
2,神は‥‥世を愛された。
神は愛に満ちた方であられ、私たち一人ひとりと深くかかわっておられます。しかし、人間は神を愛し、信頼して生きるのではなく、神を無視し自己中心に生きる道を選びました。そのような人類を神は愛されたのです。
3ひとり子をお与えになったほどに
神はきよく正しいかたですから、私たちの罪を罰します。実はそのために、神はイエス・キリストを救い主として「お与えになった」のです。(イザヤ53:6)私たちの罪が赦されるために、言葉では表せないほどの大きな犠牲を払ったのです。(Ⅱコリント9:15)神は、実に私たちに人知をはるかに超えた大きな愛を注いでくださったことを知る日がクリスマスなのです。(Ⅰヨハネ4:9,10)
2025年11月
2025年11月30日
「イエス・キリストがあなたを」
聖書箇所:使徒9章32-43節
1,イエス・キリストが
ペテロの訪問でアイネヤは、ペテロによる癒しの業を期待したことでしょう。しかし、ペテロは「イエス・キリストが」と語り、主イエスに目を注ぐように促したのです。神と人との間の唯一の仲介者であるお方(Ⅰテモテ2:5)そして今も生きておられるお方を仰ぐように勧めたのです。
2,あなたを
主イエスが、今、直々に自分自身に気にかけてくださる事実を認めることが求められています。あなたを、主は心に留めておられるのです。(詩篇8:4)
3,癒してくださいます
主イエスは、あなたが一番必要としていることをしてくださいます。あなたの悩み、苦しみ、重大な課題を解決して下さるお方として、今、あなたの前におられるのです。信仰をもって応じ、主の恵み、憐みを体験しましょう。(詩篇138:8)
2025年11月23日
「聖霊に励まされて」
聖書箇所:使徒9章23-31節
1,サウロのその後(23~30節)
サウロは、ダマスコから脱出し、バルナバのとりなしを得、使徒たちと会見し、エルサレムからタルソへ向かいます。サウロは主に在る兄弟たちに守られ、受け入れられ、導かれました。
2,教会成長の報告(31)
ステパノの殉教を契機として始まったエルサレム教会への迫害は、サウロの回心とエルサルム脱出を機に一段落し、ここに三度目の成長報告が述べられています。(2:47、6:7)
・教会は築き上げられ平安を得る
・教会は主を恐れ、聖霊に励まされて前進する
・信者の人数が増加する(ヨハネ15:8)
3, 聖霊に励まされて前進する
・主を恐れる心が前提としての前進です。主の御前にあゆみ、主とのわだかまりのない心を持つ関係が重要です。(Ⅰヨハネ1:7)
・私たちの弱さ、足りなさ、未熟さをカバーし、ガードし、リードしてくださる主の働きです。教会の前進と成長は神の御旨です。主を仰ぎ共に励みましょう。(Ⅰコリ15:58)
2025年11月16日
「キリストの選びの器」
聖書箇所:使徒9章10-25節
1,神は器を求めておられる(ヨハネ15:16)
神は、聖書全体の光によれば、ご自分の計画を地上に行う際に「ふさわしい人」を用いられます。聖霊降臨後スタートした教会は、聖霊に満たされた人をとおして御業が前進して行きました。(1:8)ですから神は、迫害者サウロに目を留められ、キリストにあって新しい者と造り変え、聖霊に満たして、ご自分の器としてお用いになったのです。
2,尊いことに用いられる器(Ⅱテモテ2:20,21)
主イエスは、サウロ(パウロ)を「わたしの選びの器」とザカリヤに語られました。確かに、彼は主に用いられ、のちに最大の宣教者、神学者となり、2000年の教会時代に、根本的、生命的な影響を与える人物となりました。しかし、主の選びの原則は、「だれでも・・・尊いことに用いられる器となります」(Ⅱテモテ2:21)とありますように、きよめられ、主のものとなることで、人は神の器となるのです。
3,主は器を造られる(ガラテヤ1:15~17)
サウロは、一時アラビヤに退いた時があり、ダマスコでの三年間の大半は、この退いた期間を含めた備えの時となりました。私たちは神の御手の中にあって、神の器として造られるのです。(エレミヤ18:3~6)
2025年11月9日
「迫害者サウロの回心」
聖書箇所:使徒9章1-9節
1,驚くべき回心
キリスト教撲滅運動の急先鋒に立つ迫害者サウロが、突然キリストを宣べ伝える伝道者に変わったという事件が起こりました。彼の人生観、世界観がある時を境に正反対に変化したのです。(ガラテヤ1:13)
2,イエス・キリストとの出会い
ダマスコ途上で、サウロは突然天からの強い光によって倒れ、(おそらく落馬したものと思われる)天からの声―主イエスの声を聞きました。「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」という声が主の声であることを知った時、自分の間違いに気づき、その生き方を方向転換しました。彼は大きな神の憐みを受けたのです。
3, この出来事のメッセージ
人は、生ける復活のキリストに出会う時、全く新しく変われるということです。(Ⅱコリント5:17)どのような性格も、生い立ちでも、思想でも、過去に恥ずべき過ちがありましても、例外なく新しく変えられ、新しい使命をもって人生をおくる者とされるのです。(Ⅰテモテ1:13~15)
2025年11月2日
「ピリポにまなぶ 神の導き」
聖書箇所:使徒8章26-40節
1,主の使いによる導き
主の使いによる神の任命を受けたピリポは、直ちに無条件で従いました。ここに無私の服従を学びます。
2,聖霊による導き
絶妙なタイミングで、エチオピアの高官に遭遇します。御霊の声を聞く姿と行動力を学びます。
3, み言葉による導き
開かれていたイザヤ書53章の聖句から、キリストの十字架の救いについて語り、救いに導く伝道力を学びます。(Ⅰペテロ3:15)
4、力強い神の御手による導き
神に与えられた使命を果たし終えたら直ちにその場を去り、神に栄光を帰し、次の使命に生きる潔さを学びます。ピリポは、神に導かれて生きる私たちの模範です。神は私たちを御名のゆえに正しい道に導かれます(詩23:3)。そして神の祝福をすべての者にもたらす者とされるのです。(詩67:1~ 7)
2025年10月
2025年10月26日
「み言葉に導かれて」
聖書箇所:詩篇119篇105節
秋のウェルカム礼拝メッセージです。
メッセンジャーは小坂由紀子先生です。
2025年10月19日
「茨の地に落ちた福音」
聖書箇所:使徒8章9-25節
1,シモンの心にあるもの
魔術師であったシモンは、悪霊とのかかわりと持つ人でしたが、キリストを信じてバプテスマを受けました。彼の入信前の背景や思想が、入信後にどのような影響を与えているか考えることは、私たちの大きな警戒を与えます。
2,悔い改めの不徹底
キリストの福音を信じる時、聖霊は必ずその人に悔い改めなければならない罪を示されます。その罪を告白し、主の十字架を仰ぐように導かれます。その光に従うことなしに、信じることは単なる同意にすぎません。信じる前に、捨てなければならないものがあるのです。(イザヤ55:6,7)
3,茨の地に落ちた福音
福音を聞いて、良い心で信じることが大切です。しかし、せっかくみことばを聞いて信じても、シモンのような不徹底な悔い改めによってふさがれ、実を結ばない心とならないように警戒しなければなりません。(マタイ13:22,23)
「神の恵みを無駄に受けないようにしてください」(Ⅱコリント6:1)
2025年10月12日
「迫害とサマリア人伝道」
聖書箇所:使徒8章1-8節
1,サウロによる教会迫害(Ⅰ~3節)
ステパノの説教を聞き彼の死を目撃したサウロは、新しいナザレのイエスの教え(キリスト教)がユダヤ教を根本から覆す危険なものであると知りました。それ故、ユダヤ教に誰よりも熱心であったサウロは(ガラテヤ1:14)キリスト教撲滅の急先鋒として立ち上がりました。こうしてエルサレムの初代教会に対する激しい迫害が始まったのです。
2,ピリポによるサマリヤ伝道(4~8節)
エルサレム教会の信徒たちは、サウロによる迫害を避けるために他の地域に四散しました。伝道者ピリポはサマリヤ地方に行き、キリストを伝えました。サマリヤの民はユダヤ人と犬猿の仲であり、強固なボーダー(境界)がありましたが、聖霊の働きにより取り除かれ、神のことばを受け入れるようになりました。その町には大きな喜びがありました。(8節)
3,私たちへのメッセージ
①神は人の憤りさえ摂理のうちに用いられる方(詩篇76:10)
②キリストは、隔ての壁である敵意を打ち壊される(エペソ2:14)
2025年10月5日
「ステパノの栄光に満ちた死」
聖書箇所:使徒7章51-60節
1,死の直前の二つの祈り(59,60節)ステパノの二つの祈りは、主イエスへの祈りです。主イエスは、十字架上でこの祈りを父なる神に捧げました。ステパノは、同じ内容の祈りを主イエスに捧げています。ここに主イエスの神性が明白に示されています、それは主イエスと共に生きる彼の信仰の現れです。そしてキリストと同じ心で死に臨む彼の内に注がれた聖霊による愛の現れです。(ピリピ1:20,21)。
2,死は眠りにつくこと(60節)それは、ステパノの静かな平和に満ちた死を表しています。それは、生命の継続、安息、目覚め(復活)を意味しています。キリストに在るステパノの死は、恵みと希望に満ちた眠りに等しいものなのです。キリストの恵みは、私たちにこのような栄光に満ちた死を与えるのです。(Ⅰテサロニケ4:13~15)
2025年9月
2025年9月28日
「ユダヤ人とモーセ物語」
聖書箇所:使徒7章17-43節
1、モーセという人物
①人々に拒まれたが、神に指導者また解放者として選ばれた(35節)
②民をエジプトの地から導き、40年間荒野で不思議としるしを行う(36節)
③キリストの来臨を予言(37節)
④民に与えるために律法を神から授かる(38節)
2,このモーセを退けた民
ステパノは先祖たちの不信仰、不従順、偶像礼拝の罪を語り、モーセを拒み、神の律法を冒涜した事実を示し、「あなたがたは、この先祖たちと同じではないか(51節)。モーセの律法は『私たちをキリストに導く養育係』(ガラテヤ3:24)であなたがたはキリスト拒み十字架につけたのだ」と暗に語り、告発します。
3、私たちにとってのモーセ
私たちはこのモーセから次の点を学びましょう。
①その信仰(へブル11:24~26)
②その謙遜(民数記12:3)
③その神経験(35節)
2025年9月21日
「ユダヤ人とヨセフ物語」
聖書箇所:使徒7章9-16節
ヨセフは、三点において主イエスのひな型といえます。
1、売り飛ばされたこと、引き渡されたことヨセフは族長たちに妬まれ、エジプトに売り飛ばされました。主イエスは、ユダヤ人を代表する祭司長、律法学者らに妬まれ、ローマ人による十字架刑に引き渡されました。
2,拒否された後に高く上げられたヨセフは、エジプトの宰相(最高権力者)となり、世界の人々を飢餓から救う救出者となりました。主イエスは復活と昇天により、神の御座の右に着座され、世の罪から人々救う救い主となられました。(ピリピ2:9,10)
3患難時代の絶望からの救いヨセフは、大飢饉の中から、親族全員をエジプトに呼び寄せ救い出します。主イエスは、大患難時代にユダヤ民族を悔い改めに導き、救出し、ユダヤ人の王として再臨され、地上に千年王国を確立されます。(ゼカリヤ12:10)
ステパノは、ヨセフ物語を語りつつ、聞き手となるユダヤ人たちに、敵対から和解の関係になるよう、主イエスとの関係を問いかけています。(Ⅱコリント5:20)あなたは今、神との平和を持っていますか。(ローマ5:1)
2025年9月14日
「ユダヤ人とアブラハム物語」
聖書箇所:使徒7章1-8節
1、ユダヤ人の先祖アブラハム
神は、創造主であるご自身の声を聞く心を持ち従っていたアブラハムを特別に選ばれました。(Ⅱ歴代誌16:9)神は彼を通して、全人類に真の神の愛を示し、救い主による祝福を注ぐご計画をお持ちになっておられました。(創世記12:1~3)神はアブラハムを祝福し、その子孫を祝福する契約のしるしとして割礼を命じられました。
2,ステパノの糾弾
「あなたがたは、先祖アブラハムを誇りとするが、本当にアブラハムの信仰と服従をもって主なる神に仕えているか(ヨハネ8:39,6:28,29)外見上の体の割礼が割礼ではない(ローマ2:28)神が遣わされた者(主イエス)を信じて、アブラハムの業を行っているか」と暗に糾弾します。
3,私たちへの適用
私たちキリスト者もまた、主イエスに選ばれた者です。(ヨハネ15:16)豊かな実を結ぶため、神の祝福の管となるために選ばれた存在なのです。バプテスマを受け主に結ばれた私たちは、聖餐式に与るごとに、その祝福の契約を再確認します。これらの営みが形式的なものとならないように警戒しましょう。私たちの恵みの原点の主イエスの十字架と復活の福音を心に留め、感謝と賛美をもって主に仕えるお互いとなりましょう。
2025年9月7日
「迫害下で輝くステパノ」
聖書箇所:使徒6章8-15節
1,選ばれた人ステパノ(5節)
ステパノは、七人の執事の筆頭として選ばれた人物です。御霊に満たされ、知恵に満ちた評判の良い人として、まず思い浮かぶ人で、頼りになりリーダ―シップを委ねる最適の器と認められました。くじによってではなく信者の内におられる聖霊の導きによる選出でした。
2,奉仕するステパノ(8-10節)
ステパノは、恵みと力に満ち、12使徒たちのようにしるしと不思議を行う人物であり、知恵と御霊に満ちて力強くキリストの福音を語りました。反対者たちとの議論でも、聖書の理解で勝り、主イエスのようにことごとく対抗者たちに勝利します。
3,最高法院に立つステパノ(11-15節)
ステパノは、ユダヤ人の陰謀により、宗教裁判の場に立たされました。彼を囲む敵意に満ちた人たちが彼に目を注ぐと、彼の顔がみ使いの顔のように見えたのです.裁く者たちは、ステパノのうちに、神の権威を認めました。迫害のただ中で彼の人格は輝いていたのです。(ローマ8:37)
主の恵みは、ステパノに注がれたように、私たちにも注がれています。ステパノを用いられた主は、私たちの主です。聖霊の満たしによって、このような輝きを与えてくださる主を崇めましょう。