礼拝メッセージ

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2018年12月

2018年12月16日

「クリスマスのしるし」

聖書箇所 ルカ2章1~12節

 神は、救い主の誕生の事実を人々が見出だすことができるように一つの不思議なしるしを与えられました。それは、「飼葉桶に寝ておられるみどりご」です。それは神の愛のしるしです。
1.神の真実のしるし・・・神は数千年における長い期間多くの預言者を通して、救い主の誕生を約束されましたが、ついにその時、その日が来たのです。(ガラテヤ4:4)
2.神の謙遜のしるし・・・神は私たちを救うために人間になられました、主は私たちのために貧しくなられました。(Ⅱコリント8:9)そして、十字架の死に至るまで、父なる神の御旨に従順であられました。
3.神の招きのしるし…神は、私たちに救い主を見出してほしい、そのままの姿でキリストに近づいて欲しいと願っておられるのです。
この神の愛のメッセージを感謝と真実をもって心に受けとめましょう。 

2018年12月9日

「恵みの確信」

聖書箇所 ローマ人への手紙8章26~39節

 私たちキリスト者は、キリストにあって罪からの救いをいただき、聖霊の助けにあずかりながら、神の愛のご計画の中に生かされています。そして、この恵みの中にある時、次の四つの「誰が」という問いかけに答えることができます。
1.誰が敵対できるか・・・神が味方なら大丈夫
2.誰が訴えるのか・・・神は義としてくださった
3.誰が罪ありとするのか・・・キリストが執成してくださる
4.誰がキリストの愛から引き離すのか・・・何者もできない
 私たちが「キリストの中にある」ならば、弱さ足りなさ、無力、無能な存在でありましても、圧倒的な勝利者として生きることができるのです。キリストを信じ愛し、キリストにすべてをゆだね従ってまいりましょう。

2018年12月2日

「恵みの資産」

聖書箇所 ローマ人への手紙8章12~25節

 主イエスの救いに与り、古い人が十字架につけられたキリスト者は、驚くべき資産が与えられています。
1.肉に勝利して生きる自由
2.神の子としての確証と神の富の相続人としての権利
3.体の贖いの希望
 キリスト者は聖霊によってこのような栄光の保証が与えられているのです。(エペソ1:14)
私たちは、この与えられた恵みの資産を受け継ぐものとして、ふさわしく生きる特権と義務がある事を覚えましょう。
「私たちは、御霊によって生きているなら、御霊によって進もうではありませんか。」ガラテヤ5:25


2018年11月

2018年11月25日

「祈りと賛美の中で」

聖書箇所 使徒の働き16章19~26節

 喜びと感謝の中で賛美することは、自然です。逆境や先の見えない中での賛美はどのように生まれるのでしょうか。
 第2回目の伝道旅行にでかけたパウロとシラスは、鞭で打たれ、足かせをはめられ、牢に閉じ込められた暗やみの中で、なんと祈りつつ、大きな声で神を賛美します。
▽神の導きの中にある確信と▽神と共にある幸いが溢れ▽神の奇跡の働きが起こります。
 突然、大きな地震が起こり、牢獄の土台が揺れ動き、鎖が外れ、自害しようとしていた看守が救われます。
 このピリピの町で、リディア、占いの霊につかれた女奴隷、そして、看守とその家族全員が救いに与り、愛のある教会、喜びの教会ができていきます。
 神の導きの中にある確信を持って居ますか。主ご自身を喜んでいますか。それなら大丈夫。主を仰ぎつつ、祈りつつ賛美しつつ進みましょう。

2018年11月18日

「恩寵の勝利」

聖書箇所 ローマ人への手紙8章1~14節

 私たちキリスト信者は、キリスト・イエスに在って素晴らしい恵みに与ります。
1、 罪責感からの解放(罪の赦し)
2、 罪の力からの解放(罪のきよめ)
3、 神と共に歩む平安な生活
4、 永遠のいのちと身体の復活
これらの恵みは、十字架と復活で成し遂げられた主イエス・キリストの御業を基礎とし、主が遣わされた聖霊によって、私たちに実現します。キリストの御霊が私達の内におられることを感謝するとともに、御霊に従う歩みを続けましょう。

2018年11月11日

「律法と人間の真相」

聖書箇所 ローマ人への手紙7章7~25節

 神は、ご自身の心を私たちに示すために、モーセを通して律法を与えてくださいました。これを従い行うなら、聖なる神との正しい関係の中で祝福され、幸福な生活が約束されています。
 しかし、人間は、したいと願う善ではなく、したくない悪を行う現実の中で、自分の心の中に悪(罪への傾向性を)を知るのです。
律法は、私たちを救い主に導く養育係(ガラテヤ3:24)の役割を果たし、神は、主イエス・キリストとその十字架により、私たちを内住の罪から解放し(ローマ6:6)律法からの解放を与えます。
 キリストを信じ愛し、従う者の心の内に神の律法が全うされるようになり、律法の下から、恵みの下に生きる者となるのです。
「私達の主イエスキリストを通して、神に感謝します」(25)

2018年11月4日

「律法からの解放」

聖書箇所 ローマ人への手紙7章1~6節

パウロは結婚にたとえ、恵みの下にあるキリスト者が律法の呪いと支配から、完全な自由と解放が与えられることを述べています。
▽律法に対して死ぬ
 神の律法は廃棄されることはなく(マタイ5:17,18)神の性質と御旨の現れです。死ぬのは、キリストの死と結ばれたクリスチャンであり、律法からの解放を意味します。
▽律法とキリスト者の関係
律法が、キリスト者を支配するのでなく、キリスト者は新しい御霊によって仕える者となります。律法が心に書き記され(エレミヤ31:32-34)神を愛する愛によって、律法を喜び生きる者となるのです。(ヨハネ14:15,21)
▽この経験を得るには
十字架の主と共に死に、復活の主と共に生きる信仰に立つ時、神が恵みによって私たちの中に、なしてくださいます。(ガラテヤ2:20、Ⅰテサロニケ5:23,24)

 


2018年10月

2018年10月28日

「健やかな人生への招き」

聖書箇所 マルコの福音書5章25~34節

ウェルカム礼拝メッセージです。

2018年10月21日

「神の賜物は永遠のいのち」

聖書箇所 ローマ人への手紙6章15~23節

ここに二つの生き方が示されています。
第一の生き方は、罪の奴隷として、義について自由勝手にふるまい、罪に進み、恥ずべき実を結び、死(滅亡)に至るというものです。
第二の生き方は、従順の奴隷(神の奴隷)として、義と聖潔に進み、聖潔にいたる結実を得、永遠のいのちに至るというものです。
この二つの生き方に属さない、自主自由な生き方は、究極的には存在せず、神に従う道を進まないことは、罪の奴隷の道にあるのです。その行きつくところが、死か、永遠のいのちという、二者択一の現実に私達は直面しているのです。
永遠のいのちは、主キリスト・イエスにあって受ける神の賜物です。罪から解放され、神に仕え、聖潔に至る道に進みましょう。主イエス・キリストによって、恵みの下に生きる者となりましょう。

2018年10月14日

「罪からの聖別」

聖書箇所 ローマ人への手紙6章1~11節

 神は、「あなたがたは聖なる者でなければならない。私が聖だからである。」(Ⅰペテロ1:16)と命じなさり、キリスト者が罪から聖別され、罪からの完全な分離・絶縁を求めておられます。しかし、人間には罪の性質があり、犯した罪が赦されても、不信仰、不服従になり神のご命令に従いきれないのが現実です。
 神は、そのために主イエス・キリストの十字架を備えてくださったのです。パウロは「バプテスマ」を例に上げ、キリストと共に死にあずかり、キリストと共に葬られ、罪の性質を持つ古い人と絶縁し、キリストと共に復活し、新しいいのちに歩むことこそ、本質的なキリスト者の生き様であると述べています。
 主にすべてをお委ねし、「私たちの古い人がキリストと共に十字架につけられた」との信仰に立ち、キリストと共に生きる者となるよう祈りましょう。キリストとその十字架によって、神は必ず全き解決を与えてくださるのです。

2018年10月7日

「アダムとキリスト」

聖書箇所 ローマ人への手紙5章12~21節

1、 アダムの罪・・・一人の違反によって
人類の始祖アダムの罪が、子孫に遺伝し、全ての人は、罪を犯し、死の下に運命づけられ、さばきに会う者となりました。
2、キリストの恵みの賜物・・・一人の義の行為によって
 キリストの義の行為(十字架の犠牲)によって、どんな罪人でも、義と認められ、いのちを与えられる恵みの道が備えられました。
3、神の満ち溢れる恵みを受け取る(20,21節)
 アダムにつながれていた私たちが、その罪を自覚し、悔い改め、イエス・キリストが私の罪のために十字架にかかってくださったということを信じて受け取る時、キリストにつながれ、神との平和が与えられ、キリストの愛の実を結ぶ幸いな生涯へ導かれるのです。(ヨハネ5:24)


2018年9月

2018年9月30日

「主の選びは不思議」

聖書箇所 Ⅰサムエル記9章15~21節

◇主は、神の人サムエルを通して、サウルをイスラエルの君主として選ばれました。
1.主は、あえて自分は平凡だと思う人を選ばれます。
2.主は、ゆっくり時間をかけてあなたを導かれます。
3.主の目にあなたがどう映るかが大切です。
主の選びは不思議な恵みです。
「わたしの目には、あなたは高価で尊い(イザヤ43:4)」とおっしゃる主の招きに応答しましょう。

2018年9月23日

「キリストによる神との平和」

聖書箇所 ローマ人への手紙5章1~11節

神に背を向けて敵対していた人間が、キリストによって「神との平和」に入れられたとは何を意味するのでしょう。
1、 「今立っているこの恵み」2節
罪が赦され、義と認められ、新しくされ(Ⅱコリント5:17)、神の子どもとされ(ヨハネ1:12)、神の栄光に与る希望を喜ぶものとされたのです。
2、 「真の希望」3節
苦難の中で忍耐し、練られた品性を生み出し、真の希望に輝くものとなるのです。
3、「神の愛」5-10節
この愛は、観念ではなく、歴史上の事実として、キリストの死に示されたものです。
4、「神を喜ぶ」11節
神との平和とは、信頼と愛の回復により、互いに喜ぶ関係となるのです。
 お互いに与えられた「神との平和」の中に、神を喜ぶ生涯を送らせていただきましょう。

2018年9月16日

「アブラハムの信仰に学ぶ」

聖書箇所 ローマ人への手紙4章9~25節

1、 アブラハムの信仰に学ぶ重要性
 アブラハムの信仰に倣う人々、信仰の足跡に従って歩む者たちに、神の義の約束が保証されています。(12,16)
2、 アブラハムの信仰の性質
彼は死者を生かし、無いものを有る者として召される神
を信じていました(17)。望み得ない時に、望みを抱いて信じました(18)。復活信仰がアブラハムの信仰の特質です。そのことは、その子イサクの誕生とモリヤの山での出来事に現れています。(ヘブル11:17-19)
3、キリスト者の信仰の性質
キリスト者は、アブラハムの信仰の後継者です。アブラハムは、死人を生かす神を信じましたが、キリスト者は主イエスを死者の中からよみがえらせた神を信じ、義と認められたのです(24,25)。神を信じ、義と認められる信仰とは、イエス・キリストの十字架と復活への信仰そのものなのです(23-25)。その義は、すべてキリストから分与されたものですから。

2018年9月9日

「聖書は何と言っているか」

聖書箇所 ローマ人への手紙4章1~8節

パウロは、信仰によって、神の救いにあずかる実例を、旧約聖書から示します。アブラハムとダビデを登場させ、信仰による義を聖書は何と言っているかを語ります。
1、 アブラハムの信仰(創世記15:6)
 失望と恐れの中にいたアブラハムは、神の声を聞き、神の約束を信じ、自分の人生を全く委ねました。その信仰が彼の義と認められたのです。
2、 ダビデの信仰(詩篇32:1,2)
心砕かれ、罪を悔い改め、告白し信じた時、罪が赦され
神の前に義とされました。
「信じる」とは、神の真実を当てにして、神に任せることであり、砕かれた、悔い改めた心から生じます。このように、救い主イエス・キリストを信じる信仰により、どんな人でも義とされるのです。

2018年9月2日

「キリスト信仰による神の義」

聖書箇所 ローマ人への手紙3章21~31節

 「神の義」とは、神との正しい関係を意味します。神から離れていた人間が、神の前に立ち、その交わりが回復されることです。私達は、自分の努力や正しい行為によって、神の義を獲得することはできません。ただ罪人である事実を深く知るだけです。そのような窮状にある私たちのために神ご自身が救いの道を備えられたのです。
1、イエス・キリストを信じるすべての人に与えられる神の義(22-24節)
2、イエス・キリストの十字架に示される神の義と愛(24-26)
3、信仰によって義と認められることは、謙遜に生きることであり、神の生命によって生きること。
信仰によって律法を無効にするのではなく、律法を確立すること。(27-31節)(マタイ5:17・ヘブル8:10)

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