礼拝メッセージ

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2021年1月

2021年1月10日

 

「アブラハムの祈り」

聖書箇所 創世記15章1-21節

主のことばが臨むところから祈りが始まります。(1節)主は私たちに語りかけなさるお方です。キリストに在っていつも御顔の輝きが見えるところ、御声の聞こえるところに身を置くことが大切です。
1.本音をぶつける祈り(2,3節)
形式的な祈りでなく、本音をぶつける祈りを主は求めておられます。率直でありのまま祈ってよいのです。
2.主とそのみことばを無条件で信頼する祈り(6節)
信仰がなくては神に喜ばれることはできません。(へブル11:6)
3.神が語られた約束を確信するための祈り(7~20節)
 アブラハムは、神のことばを疑っているのではなく、語られた言葉に誠実に応答しているのです。確信をもって歩みたいという熱意ある願いに神は答えてくださいます。
アブラハムの祈りは、私たちの祈りの模範です。神は、キリストにあって私たちの祈りをお聞きくださいます。この素晴らしい特権と喜びを知るお互いとなりましょう。(ヨハネ15:7)

2021年1月3日

 

「ネゲブの流れのように」

聖書箇所 詩篇126篇

バビロン捕囚より帰国したイスラエルの民の歴史が背景となり、主の大いなる救いの喜びが歌われています。(1~3節)そして、残留している多くの同胞の帰還のために祈りが熱くささげられ(4節)、主に対する信頼が告白されています。(5、6節)
ネゲブの流れとは、ユダヤ南部の荒野の乾燥地帯の川を意味しており、夏は涸れますが、秋雨期に入るとにわかに氾濫します。そのように、同胞があふれるばかりに帰ってくることを祈ったのです。ここに信仰復興(リバイバル)の二つの描写があります。
1.突然の天からの賜物として与えられる豊かなめぐみ
であること。人の努力や働きによってではなく、神が全面的に主導権をもって成し遂げられるものであること(1~4節)
2.信仰者は、愛と忍耐により、汗と涙の祈りと福音の種蒔
きの役割が割り与えられていること(5,6節)(ヤコブ5:7)
今年、ネゲブの流れのように氾濫的な主の御業を期待しましょう(イザヤ43:19)主を信じ、福音のためになす愛の業は決して空しくないのです。(Ⅰコリント15:58)


2020年12月

2020年12月27日

 

「主は、あなたを守る方」

聖書箇所 詩篇121篇

1.私たちを守ってくださる方を覚えましょう。(1~4節)
天地の創造者、全能の神、どのような時も一瞬も気を抜かず、助け守ってくださる方を心から感謝しましょう。
2.すべてのわざわいから守られるとは(5~8節)
主は私たちの足(3節)手(5節)頭(6節)心(6節)命、身体と魂(7節)を守ってくださいます。すべての時、絶えることなく守り続けてくださいます。
信仰によって救われた者を、主は深い愛と慈しみをもって守り導いてくださいます。私たちには信頼と服従をもって主イエスと共に歩むことが求められています。(Ⅰテサロニケ5:23,24)

2020年12月20日

 

「クリスマスに示された神の愛」

聖書箇所 ヨハネの福音書3章16節

クリスマスは、イエス・キリストがこの世に来てくださったことを記念する日です。その意義をヨハネ3章16節の
みことばから味わいたいと思います。
1、愛の神がおられるという事実
2、その愛の対象は、例外なく私たち一人ひとり
3、愛の大きさは、その犠牲によって示されている
4、愛の目的は、私たちを罪から救い、私たちに永遠の幸いを与えるため
5、その愛を受け取る手段は、信仰のみ
神はなぜ、私たちをそこまで愛してくださるのでしょうか。まったく愛されるにふさわしくない者、神を無視し、背を向けて生きる私たち(イザヤ53:6)を、なぜこのような驚異の愛をもって愛してくださるのでしょうか。神は私たちを「わたしの目には、あなたは高価で貴い」(イザヤ43:4)と語り、私たちを永遠の神との愛の交わりの中に入れてくださいます。天の御国に入るとき、その真の理由を知ることでしょう。

2020年12月13日

 

「クリスマスの福音」

聖書箇所 ルカの福音書2章8-20節

キリスト誕生のホットなニュースは、天の使いによって、まずベツレヘム近郊にいた羊飼いたちに伝えられました。
なぜ羊飼いたちに伝えられたのでしょうか。彼らは社会の最下層にいる貧しい無学な人たちでした。特別な資格や才能をもっている人でもありません。そのような彼らにクリスマスの福音(11節)が伝えられたのは、例外なくすべての人々のためであることを示しています。羊飼いたちは呼びかけに応じ、救い主を見出し、礼拝し神を賛美しました。キリストとの出会いこそクリスマスの中心です。
私たちは、天の使いによる御告げに勝る神の言葉、聖書が与えられています。(Ⅱペテロ1:19)羊飼いたちよりさらに明確なキリストの十字架と復活の福音が与えられています。(Ⅰコリント15:3-5)聖霊によって主をさらに深く知ることができるのです。(ヨハネ16:13-15))
このクリスマス、主のご降誕の意義をさらに知り、感謝と賛美を持って主を愛するものとならせていただきましょう。

2020年12月6日

 

「飼葉桶に眠るキリスト」

聖書箇所 ルカの福音書2章1-7節

なぜ主イエスは、粗末な飼い葉桶をゆりかごとして生まれたのでしょうか。
人間的に見るならば、ほかに場所がなかったからです。(7節)ヨセフとマリヤは、もっと良い場所を求めましたが、「彼らのいる場所がなかった」のです。ここに人間の本質的なエゴがあります。自分さえよければという心が、彼らを家畜小屋に追いやり、救い主はそこで誕生したのです。
神の側から見れば、ベツレヘムの町で、救い主キリストが生まれる予言の成就でありますが、あえて家畜小屋での誕生に導かれのたのは、私たちに大切なメッセージを伝えるためでした。いと高きところにおられる神のひとり子が、私たちを救うために最下層まで下られ、人となられたということです。(ピリピ2:6,7、Ⅱコリント8:9)神はここに最大の愛を私たちに示されたのです。(ヨハネ3:16)
神がクリスマスに示されたこの愛に応答し、「ここにあなたが住まう部屋があります。どうぞお入りください」と心を開いて、あなたの人生の中心に救い主をお迎えしましょう。


2020年11月

2020年11月29日

 

「マリアの信仰に学ぶ」

聖書箇所 ルカの福音書1章26-38節

1.敬虔と謙遜に現された信仰
突然の天使の訪問でのマリヤの態度と受け答えから学びましょう。
2.全能の神を信頼し、み言葉を大胆に信じる信仰
「神にとって不可能なことは何もありません」(37節)という言葉をそのまま大胆に信じ、前代未聞の処女解任の神の計画を受け入れました。(へブル11:6)
3.全的な献身と服従に現された信仰
「どうぞ…この身になりますように」(38節)マリヤはこの言葉で応答し、自らをささげ、神の人類の救いのご計画に全身をささげました。そして生涯、自分を捨て自分の十字架を負って主の御心に従い通しました。
神は、今日もこのような神の器を求めておられます。(Ⅱ歴代16:9)クリスマスごとに、主はマリヤを通して、私たちにこのような信仰の模範とチャレンジを与えておられるのです。

2020年11月22日

 

「クリスチャンの担う重荷」

聖書箇所 ガラテヤ人への手紙6章1-10節

1.クリスチャンが負わなくてよい重荷
それは罪という重荷です。主イエス様が十字架で私たちの代わりに負ってくださったからです。(Ⅰペテロ2:24)さらに、心配という重荷は、私たちが地上で生きる限り付きまといますが、これに打ち勝つ恵みが与えられています。(詩55:22)
2.クリスチャンの担う重荷
それは、他の人という重荷です。隣人を愛する時、自分のことだけでなく、他の人のことも顧みるようになります。批判したり、責めたりするのでなく、互いに助け合い、重荷を負い合い、教会の建て上げのために生きるものとなるのです。(2節)
さらに、個人的責任という重荷も同時に担います。(5節)主イエス様は、「日々十字架を負って、私に従ってきなさい」(ルカ9:23)と言われました。私たち一人ひとりの人生には、それぞれ神の御心があり、使命があります。主に従ってそのみ旨に生きることは、他の人に担ってもらうことはできません。きわめて個人的なものです。(ヨハネ21:22)

2020年11月15日

 

「御霊によって歩みなさい」

聖書箇所 ガラテヤ人への手紙5章16-26節

1.御霊によって歩むなら、肉の欲望を満たすことはない(16)
肉のわざに生きるものは、神の国を相続できません。(19-21)キリストの十字架に自分の肉を共につけ、キリストの御霊によって歩むことにより勝利を得るのです。(24)、(2:20)
2.御霊によって導かれるなら、律法の下にいない(18節)
キリストと共に死に、キリストと共によみがえったキリスト者は、もはや律法の下にはいません。キリストの御霊によって神の愛が注がれます(ローマ5:5)この愛は「御霊の実」として信じる者のうちに結実するのです。(22,23節)
3.御霊よって生きるなら、御霊によって進もう。(25節)
御霊によって歩むことを決断し(黙示録3:20)主イエスにすべての主導権を委ねましょう。(ローマ12:1)そして、主の御声(聖霊の語りかけ)に聞き、主に従ってまいりましょう(マタイ16:24)

2020年11月8日

 

「自由は勝手気ままではない」

聖書箇所 ガラテヤ人への手紙5章13-21節

自由(freedom)とは、勝手気ままに生きることではありません。一定の前提条件の上で成立するので、無条件で絶対の自由は人間にはありません。
1.自由とは、あらゆる制限から自由になるのではない(13)
それは無秩序を生み出し、さらにひどい束縛につながるのです。クリスチャンの自由は罪からの自由であり、罪に対する自由です。恐れなく神に近づくことができるたましいと良心の自由です。
2.自由とはキリストの律法に生きること(14節)
クリスチャンの自由は、肉の働く機会としてではなく、愛をもって隣人に仕えることです。律法を無視する自由ではなく、律法を成就できる自由であり、キリストの律法(ヨハネ13:34)に生きる自由です。(コロサイ1:13)
3.その自由は、御霊よって歩むことによって実現(16節))
主イエス様は、私たちの愛であり力です。聖霊の恵みと力はキリストに在る私たちを生かし、強め、本当の自由に生きるものしてくださるのです。「主の御霊がおられるところには自由があります」(Ⅱコリント3:17)

2020年11月1日

 

「キリストによる自由」

聖書箇所 ガラテヤ人への手紙5章1-12節

キリストは、自由を得させるために私たちを解放してくださいました。(1節)
人は神に受け入れられようと、自分の力で律法を行おうとしますが、人間の内にある罪の性質がそれを拒みます。律法によって義と認められようとしているなら、キリストから離れ、恵みから落ちてしまっているのです。(4節)
信仰により、キリストによって生きることは、神の恵みによって生きることです。(5節)
古い私がキリスト共に死に、キリストが私のうちに生きておられるという信仰により、キリストの御霊が神のみこころに生きるいのちとして働き、私たちは罪の奴隷から解放されるのです。
キリスト・イエスにあって大事なのは・・・・愛によって働く信仰なのです。(6節)
「主は御霊です。そして主の御霊がおられるところには自由があります」(Ⅱコリント3:17)


2020年10月

2020年10月25日

 

「律法かキリスト信仰か」

聖書箇所 ガラテヤ人への手紙3章1-14節

本テキストにおいて、使徒パウロはガラテヤ諸教会のクリスチャンに対し、キリストの死を無意味としようとする律法主義(ユダヤ主義)的な教えに惑わされてはならないと警告します。
1、信仰によってスタートしながら律法の行いによって完成しようとするのか(1~5節)
クリスチャン生涯の危険の一つは、信仰によってイエス・キリストとの救いの関係に入ったにも関わらず、自分の業によってその関係を維持し、完成しようとすることです。神の義は「信仰に始まり、信仰に進ませる」(ローマ1:17)のです。2、信仰の父、アブラハムの信仰に学べ(6~9節)
神は、アブラハムが祝福を約束された神を信じたことを、彼の義とみなされました。(創15:6)それと、同じように神は私たちがキリストに在る祝福を約束された神を信じたから(ローマ4:23~24)義と認められたのです。
3、律法ののろいか、キリストによる祝福か(10~14節)
誰でも、律法の行いによって神の祝福を受けることはできません。(詩篇143:2)キリストは私たちを律法の呪いから贖い出すために十字架にかかられたのです。(13節)
私たちは、ただ信仰によってキリストのもとに行きます。信仰によってキリストにとどまります。信仰によって義とされ、信仰によってきよめられます。(ローマ8:1~4)

2020年10月18日

 

「神の恵みを無にはしない」

聖書箇所 ガラテヤ人への手紙2章15-21節

私たちがキリストの十字架の死をどのように受けとめ信じるかは、信仰生活の根本問題です。
1、私の罪(犯罪)の身代わりの十字架(ローマ3:23,24)
十字架で罪の呪いと神の怒りを、主イエス様が代わって受け死んでくださったことにより、このキリストの十字架の贖いを信じるすべての人が救いにあずかる(義と認められる)のです。(16節)
2、私の罪(自己中心)と共に釘づけられた十字架(ローマ6:6)(19節)
神に反逆する自我そのものを、キリストの死と同一する信仰です。キリストと共に死に、キリストと共によみがえり、キリストの命によって生きるものとされるのです。そして「私を愛し、私のためにご自分を与えてくださった」主イエス様を信じ、愛し、その御声に従っていくのです。(20節)
1,2、は、すべて神の恵みです。神の前にへりくだり、感謝と喜びとともに、この恵みを受けさせていただきましょう。神の恵みを無にしてはいけません。
「律法はモーセによって与えられ、恵みとまことはイエス・キリストによって実現したからである」(ヨハネ1:16,17)

2020年10月11日

 

「神の唯一の福音」

聖書箇所 ガラテヤ人への手紙1章11-24節

パウロが宣べ伝えた福音とは、どのようなものでしょうか。それは人間によるものではありません。(11,12)人間の思想や哲学、伝承や知識によるものではなく、神が直接パウロに啓示なさったものです。(12,16)それは、パウロのキリスト経験に関係しています。
1 福音とは、御子に関すること(ローマ1:3~4)
2 福音とは、キリストの十字架と復活(Ⅰコリ15:1~8)
3 福音とは、キリストを心に留めること(Ⅱテモテ2:8)
パウロにとって、福音とは、よみがえられたイエス・キリストとの生命の関係を意味しています。(ローマ10:9)そして、信じるすべての人に救いをもたらす神の力(ローマ1:16)なのです。
その神の力と恵みによって、激しく神の教会を迫害しそれを滅ぼそうとしていたパウロを、180度変えて、キリストを宣べ伝える使徒とし、キリスト教会の礎としたのです。(23,24)
福音は、パウロだけでなく、信じるすべての人の人生に救いと祝福をもたらすのです。

2020年10月4日

 

「人間でなく、神によって」

聖書箇所 ガラテヤ人への手紙1章1-10節

パウロは、イエス・キリストの福音(イエスを信じる信仰のみで罪から救われるという良い知らせ)を否定する教え(異端)が入り込み、動揺と混乱の中にあるにあるガラテヤ地方の教会に、手紙を書き送りました。手紙の冒頭で、ガラテヤの教会に伝えた福音の確かさを述べます。人からではなく、神から出たものであることを強調しています。
1 福音宣教者パウロの確かさ…資格と動機の点において(1,10)
2 福音の源泉の確かさ…神の御心から出たもの(4,5)
3 福音の内容の確かさ…補足や訂正など必要としない唯一のもの(6~9)
パウロが伝えたキリストの福音こそ唯一の福音であり、もう一つ別の福音など存在しないのです。(使徒4:12)
私たちは、唯一の福音により、唯一の救い主キリストを信じ(ヨハネ14:6,Ⅰテモテ2:5)唯一の神とともに永遠に生きるものとなるのです。


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