礼拝メッセージ

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2022年1月

2021年1月23日

 

「心の渇いている人への招き」

聖書箇所 ヨハネの福音書7章37ー39節

仮庵の祭りの最終日、水をテーマにした壮大な儀式が行われた時、主イエスは立ち上がり、大声で叫んで言われました。「誰でも渇いているならわたしのもとに来て飲みなさい」と。この叫びは何を意味しているのでしょうか。
1、渇いている人への招き(マタイ5:6)
2、キリストのもとに来て信じるようにとの招き
(マタイ11:28)
3、信じる者は恵みの水源を心のうちに持つ約束
(ヨハネ4:14)
4、氾濫的な神の恵みにより、他者を生かす者となる約束(エゼキエル47:9)
キリストは栄光をお受けになっておられるので、この素晴らしい招きに応じるなら、だれでもこの祝福にあずかることが出来ます。今は恵みの時(Ⅱコリント6:2)であり、聖霊が注がれている時代に私たちは生きているのです。

2021年1月16日

 

「真の識別力を求めよう」

聖書箇所 ヨハネの福音書7章11ー24節

仮庵の祭りにおいて、宗教指導者たちは、主イエスを偽預言者と判断し、捕縛して殺害しようとしました。真のメシヤが約束によって来てくださったのに、多くの群衆たちも主を信じることが出来ませんでした。
聖書のみことばという確かな情報源をもっていても、形式的表面的な理解だけでその真意を理解せず、神からのメッセージを受け入れないと判断を誤ってしまいます。
正しく判断するためには、単なる知識だけではなく、私たちが「神のみこころを行おうとする」(17節)心が大切です。そして主を恐れる心(詩篇25:12)が必要です。真の識別力を主に祈り求め。神の前に誤りない人生を歩みましょう。
「あなたがたの愛が、知識とあらゆる識別力によって、いよいよ豊かになり、あなたがたが大切なことを見分けることができますように。」(ピリピ1章9,10節)

2021年1月9日

 

「天の父のみこころを行う者だけが」

聖書箇所 マタイの福音書7章13ー23節

1.警告:主イエスは、偽預言者たちの口先だけの告白を警告されています。どんなに熱心であっても、どんなに主の名を用いたとしても、力ある働きをしても、彼らは「不法を行う者たち」と退けられてしまうのです。
2.備え:天におられる主イエスの父のみこころを行う者だけが、天の御国に入ります。父なる神は、主イエスを愛され、主イエスを喜ばれました。主イエスのお心は、父なる神のみこころとぴったり一つです。
3.約束:聖霊によって真の告白をし、ただ主イエスを信じ、主に頼る、それだけであなたは、天の御国を受け継ぐ神の子どもとしていただけます。

2021年1月2日

 

「主とともに生きる」

聖書箇所 Ⅰテサロニケ5章1ー11節

主イエス・キリストの救いとは、私たちがその罪から救われ、神の御怒りから救われるとともに、主とともにいつも生きる者となることなのです。(9~10節)
「主とともに生きる」とは、何を意味するのでしょうか。
1,キリストにあって生きる(4:16,5:18)(ヨハネ15:4)
2,光の中を歩み続ける(5:6~8)(Ⅰヨハネ1:7、エペソ5:8)
3,信仰によって生きる(5:23~24)(ガラテヤ2:20、へブル11:5~6)
新しい年にあたり、主のご再臨がいよいよ間近きことを覚え、主とともに生きるお互いとなりましょう。そして互いに励まし合い、互いに高め合いましょう。(11節)


2021年12月

2021年12月26日

 

「主イエスの時」

聖書箇所 ヨハネの福音書7章1ー10節

主イエスはその地上生涯において、いつもご自分の「時」を強く意識しておられました。(ヨハネ2:4、7:6~8 8:20.12:27.13:1,17:1)
主は父なる神の御旨に生きることが喜びであり(詩40:8)
自ら低くして十字架の死にまで従われたのです。(ピリピ2:6~8)
主は父なる神がご自身に計画されたスケジュールを「わたしの時」として受け留め、みこころが成ること、みこころを行うことに生き抜かれたのです。
私たちも、主を仰ぎ、私たちの人生にご計画された主のみこころを尊び、走るべき道のりを走り抜きたいと願います。
日々「父よ、みこころの天になるごとく地にも(私の生涯にも)なさせ給えと」、主に祈り求めましょう。

2021年12月19日

 

「あなたのためのクリスマス」

聖書箇所 ルカ2章1ー20節

クリスマス(キリストの降誕祭)はこの民全体に与えられる大きな喜びの知らせです。単なる季節のイベントや祭りではなく、その意義を正しく聖書的に理解するとき、それが私にとって本当に必要であり重要なものと認識できます。
主の使いが羊飼いに告げた「あなたがたのために救い主がお生まれになりました。」(11節)という言葉の意味を考えましょう。
1心の貧しい人々のために(ルカ7:22)
2罪人のために(ルカ5:32)
3失われた人のために(ルカ19:10)
私たち一人一人が神の前に何者であるかを知り、罪の救いの必要に目覚め、救い主キリストの前にひれ伏し信じ仕えるものとなる時、神はキリストにあって全き赦しと救い、愛と恵みを豊かにお与えになるのです。
「キリスト・イエスは罪人を救うために世に来られた」ということばは真実であり、そのまま受け入れるに値するものなのです。私はその罪人のかしらです。(Ⅰテモテ1:15)

2021年12月12日

 

「ヨセフへの告知」

聖書箇所 マタイ1章18ー25節

マリヤの妊娠の事実を知り、彼女の婚約者ヨセフは苦悩し、内密に離縁しようと考えていました。そのようなヨセフに神は天使を遣わし、夢の中で語られます。
1,告知のタイミング
なぜ、もっと早く神はヨセフに救い主の誕生のご計画をお告げにならなかったのでしょうか。しかし、このことでヨセフの信仰は訓練され成長します。(ローマ8:28、伝道3:11)
2,告知の目的
マリヤに対する誤解を解消し、マリヤが彼に対して不貞であったと考えることから救うためでした。そして、生まれてくるイエス様とマリヤが彼の保護の中で生活できるようにとの配慮のためです。(25節)
3,告知の内容
・この結婚は神の御旨であり、聖霊によってマリヤに救い主となる子が宿っていると告げられます。(ルカ1:35参考)
・生まれてくる子に「イエス」と命名するように告げ、罪から救う救い主となることが示されます(ピリピ2:10~11)。
・「インマヌエル」(神が私たちと共におられる)という名が加えられ、私たちを罪から救い出し、常に共におられる神が示されているのです。(マタイ28:20)

2021年12月5日

 

「キリスト来臨の最初の約束」

聖書箇所 創世記3章1ー15節

1,罪の起源(1~13節)
蛇(サタン)に欺かれたアダムとエバは、禁断の果を食べ、罪ある人となりました。そして彼らは直ちに神と断絶し、霊的な死を経験しました。ここの人類の不幸が始まったのです。(エペソ2:1~3)
2,女の子孫(キリスト)による救いの約束(15節)
それは、サタンに対する滅亡の予言ですが、同時に人類に対するキリストによる救いの約束でもありました。イエス・キリストの十字架と復活はサタンを滅ぼす決定的な御業です。(へブル2:14,15)
3,約束はキリストの福音を信じる者に実現(ローマ1:16)
私たちが罪から救われる唯一の道は、サタンの頭を踏み砕かれた女の子孫イエス・キリストに在ります。(ローマ16:20)キリストを信じる者は永遠のいのちを持ち(ヨハネ6:47)世に勝つ勝利者となり(Ⅰヨハネ5:5)復活の希望をもって生きる者となるのです。(Ⅰテサロニケ4:16,17)


2021年11月

2021年11月28日

 

「わたしがいのちのパンです」

聖書箇所 ヨハネの福音書6章22ー51節

1.いのちのパンとは主イエスご自身(35,48,51節)
パンで満腹となった群衆は、主イエスに「天からのまことのパン」を求めました。(34節)主イエスは。人々に主ご自身を求めるよう語ります。多くの人々が自分の欲望を満たすために求めますが、(コロサイ3:5)神を求める者がいないのです。(ローマ3:10,11)
2.いのちのパンを食べるとは、主イエスを信じること。(29,35,40,47節)
いのちのパンを食べることは「主のもとに来ること」「主を信じること」(35節)であり、その結果として「永遠の命を持つ」のです。(47,50,51節) (ローマ5:15,18)
3.いのちのパンを食べることにより、神との新しい契約関係に生きる者となること(53~58節)
それは、信仰によって主イエスの十字架による贖いの恵みと愛を全身全霊で受け入れることです。主イエスの愛とゆるし、癒しときよめを受けとめ、永遠のいのちに生きる幸いを経験しましょう。

2021年11月21日

 

「わたしだ。恐れることはない」

聖書箇所 ヨハネの福音書6章16ー21節

1.主イエスが共におられない弟子たち(16-18)
弟子たちは主イエスと別行動をとり、船に乗り湖に出ました。しかし、強風の向かい風の為進むことが出来ず、湖の真ん中で硬直状態となりました。この不安と疲れ、いら立ちの中で苦しむ弟子たちの姿に自力信仰の限界が示されています。
2.主イエスの接近による弟子たちの反応(19)
主は弟子たちを見ておられ、夜明け前の暗い時に湖の上を歩いて弟子たちのところに近づいてきました。しかし、弟子たちは主を認めることが出来す、幽霊だと思い恐れおびえました。主イエスのリアリティ(実在性)を正しく深く認識することが弟子たちの信仰の基盤です。異なる世界観、人生観を切り替えなければなりません。(へブル11:6)
3.主イエスとそのみ言葉を受け入れた結果(20-21)
主と主のことばを喜んで受け入れ、主と共なる人生を進む人は幸いです。(箴言3:17)世に在っては苦難があります。しかし、それを乗り越える主の恵みと祝福もまたあるのです。(ヨハネ16:33)確かな目的地(天の御国)を目指し、主と共に生きるお互いでありますように。

2021年11月14日

 

「心に刻む黄金律」

聖書箇所 マタイの福音書7章7ー14節

マタイ7章12節は黄金律と呼ばれ、歴代の信仰者に愛されてきました。
1.聖書の心:なぜ、黄金なのでしょうか。それは聖書の心だからです。そして積極的な愛の行動を勧めているからです。さらに自分に落とし込むことでわかりやすいからです。
2.人間の現実:人間は良いことがわかっていても、それを実行できない弱さがあります。主イエスが喜ばれる行いを成し遂げる力が、人間の内側にはありません(ローマ7:18)。
3.主にある希望:しかし希望があります。私たちは主イエス・キリストの父なる神に大胆に求めて良いのです(マタイ7:7-11)。主イエスの十字架と復活の愛を受け取るとき、黄金律を実践することができます。
あふれる愛を受けて、希望あふれる天の御国を目指して、さあ黄金律を心に刻みましょう。

2021年11月7日

 

「五千人の給食の奇跡」

聖書箇所 ヨハネ6章1ー15節

1,弟子たちの訓練のために(5-11節)
この時から一年後の十字架の死を予期している主イエスは、時の短さを意識し、福音の担い手となる弟子たちの信仰の成長のために訓練されました。絶望的な現実問題に対して、弟子たちは信仰と服従によって打開さてくださる主を知り、その恵みの豊かさを見るのです。(ピリピ4:19)
2,小さなささげものを用いられる主(9-11節)
奇跡に用いられたのは、少年が主にささげた小さなお弁当(五つのパンと二つの魚)でした。主はあえてこの捧げものを用い群衆の食の必要に応じたのです。(Ⅱコリント9:7,8)」
3,神の恵みを無駄に受けないよう配慮された主(12-14節)
食べ残したパンを一つも無駄にならないようにという主イエスの配慮に心を留めましょう。(Ⅰコリ6:1,詩篇103:2)
恵みを受けた後、感謝と賛美を忘れることなく、主に仕えるお互いでありますように。


2021年10月

2021年10月31日

 

「主イエスと父なる神」

聖書箇所 ヨハネ5章19ー47節

 主イエスは、ユダヤ人達に対して、神とご自分の関係を「父と子」としての関係を解き、その証拠を示し彼らの不信仰を鋭く指摘されました。
1,主イエスと父なる神は一体である(19~29節)
主イエスは、ご自分と神とが、行動において(19)愛において(20)権威において(21~29)全く一つであることを語られました。
2,その証言に対する四つの証拠(30~39節)
①バプテスマのヨハネの証言…(ヨハネ1:29)
②イエスがなされた奇跡そのもの
③父なる神ご自身による証言(マタイ3:17,17:5)
④聖書による証言(39)
3,不信仰な者たちへの警告(40~47節)
明確な証拠を見ながら、主イエスのもとに来ようとしない姿、神への愛がない現実、神からの栄誉を求めずキリストを信じない不信仰を、主は厳しく指摘されました。
あなたは主イエス様をいかなるお方として信じておられますか。

2021年10月24日

 

「教会の祈り」

聖書箇所 使徒の働き12章1ー17節

1.祈りは神さまのわざに先立つ
2.祈りは主イエスが開かれた道
3.祈りは神さまに喜ばれる

2021年10月17日

 

「ベテスダの池でのいやし」

聖書箇所 ヨハネの福音書5章1ー18節

ベテスダの池で主イエスがなされた第三のしるしは、私たちに何を語っているのでしょうか。
1.絶望的な人に目を向けられる主(2-5節)
主イエスは、大勢の病人や体の不自由な人達の中から、38年間病気で苦しみ横になっている人に目を向けられました。この中で最も長期間にわたり苦しみ絶望している人だったからでしょうか。主は「罪人のかしら」(Ⅰテモテ1:15)に哀れみを示されるお方です。
2.主の恵みのご介入(6―9節)
「良くなりたいか」と語られた主は、孤独なこの病人に、特別な関心と理解を示し直ちに癒されました。それは一方的な主の恵みのご介入でした。主はまず私たちに大きな愛を示されたお方です。(ローマ5:8 Ⅰヨハネ4:10)
3.たましいの救いと新しい人生(14節)
主は、肉体の癒しだけでは本当の幸いを得ることはないことを知っておられます。罪の赦しによる魂の救いをこの人に与え、信仰によって生きるように導かれます。(Ⅰヨハネ1:7、Ⅰペテロ2:1~2)

2021年10月10日

 

「主イエスのことばを信じて」

聖書箇所 ヨハネの福音書4章46ー54節

1,主イエスのもとに来た王室の役人
病気で苦しみ、死にかけている息子のために、25kmも離れたカペナウムから、主イエスのもとに役人はやってきました。しるしと不思議を行うイエス様に大きな期待をもって来たのです。
2,主イエスの役人に対する応答
主イエスは特別扱いせず、病気の息子のもとに行くこと行くこともせず、「治る」と告げ、自宅に帰るよう命じました。
3,役人の信仰とその結果
彼は、謙虚に主イエスのことばを信じ、従いました。帰り路の途中、息子の癒しの知らせを聞き、その時刻が、主イエスが言葉をくださった時と一致することを知り、彼自身と家の者たちも皆、主イエスをキリストと信じました。彼の妻ヨハンナは財産をもって、主イエスに仕える者となり十字架の道を共に進んでいきます。(ルカ8:3)
私たちは、主イエスのみ言葉を割引や水増しなしにストレートに信じ従い、主にお仕えするものでありたいと願います。ここに主イエスの神としての栄光が現わされ、御名をほめたたえる御業がなされるのです。

2021年10月3日

 

「心を満たすいのちの水」

聖書箇所 ヨハネの福音書4章1ー15節

1.こころの渇き(13,14節)
水を汲みに来たサマリヤの女性は、主イエスに出会い、渇くことのない生ける水を求めました。心のうちに湧き出る泉こそ彼女に必要とするものでした。心と魂に本当の潤いと満足を得たいと願ったのです。
2.主イエスが与える水(15,16節)
主イエスは信じる者にいのちの水を与えてくださいます。それは神の賜物です(ヨハネ3:16)しかし、その前に神と人との間を隔てている罪が解決されなければなりません。(イザヤ59:1,2)主の十字架こそ、罪の確かな解決の道なのです。(ローマ1:16)
3.新しい礼拝(23,24節)
主イエス・キリストにより、父なる神と正しい関係となり、真の交わりと礼拝をささげる者となります(ローマ12:1)サマリヤの女性が経験したように、主によって私たちも喜びと平安と確信に満ちた人生を歩みましょう。


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