礼拝メッセージ

HOME | 礼拝メッセージ(動画)

2021年7月

2021年7月25日

 

「バプテスマのヨハネの証言」

聖書箇所 ヨハネの福音書1章19-34節

1.ヨハネ自身についての証言(19~28節)
ヨハネはまず自分がキリストではないこと(20)、エリヤや(マラキ4:5)あの預言者(申命記18:15)でもなく、預言者イザヤが言う「荒野で叫ぶ者の声」(イザヤ40:3)であり、キリストの偉大さと自分の小ささを認識し、へりくだって仕える者であること示します。(27)
2.イエス・キリストについての証言(29~34節)
「見よ。世の罪を取り除く神の子羊」(29)と、主イエスを指さし、イエス・キリストこそが、全世界の罪の完全な解決を得るために神ご自身によって備えられた身代わりの犠牲である、と宣言します。根拠は神の語りかけにあり(34)、聖霊がとどまったこのお方を神の子キリストと証言したのです。
「声」としてのヨハネの存在と奉仕は、キリスト者と教会に神が求めておられる模範です。ヨハネのように、イエス・キリストを人々に示し、紹介する者となることを願います。

2021年7月18日

 

「イエス・キリストによって」

聖書箇所 ヨハネの福音書1章1-18節

ヨハネの福音書は、使徒ヨハネによって書かれ、その執筆目的は、読者がイエス・キリストを神の子と信じ、永遠の命を持つため(20:31)です。1章1~18節には主イエスの起源と受肉の事実を明確に述べ、主がいかなるお方か、信ずべきお方かを示しています。
1.永遠者、創造者なる神(1~3節)
2.いのちと光の源(4~9節)
3.神の子どもとなる特権をお与えになる方(10~13節)
4.人となり私たちの間に住まわれた神(14節)
5.恵みとまことを実現し、恵みを豊かに与えてくださるお方(14~17節)
6.見ることのできない神(Ⅰテモテ6:16)を解き明かされたひとり子の神(18節)(ヨハネ14:9)
このヨハネの福音書を通して、主イエス・キリストを知り、主を信じ愛する者となり、日々主に従う幸いな生涯を体験いたしましょう。

2021年7月11日

 

「ヨブの苦難と忍耐」

聖書箇所 ヤコブ5章10,11節

ヨブ記はヨブが経験した大きな試練について語ります。大富豪であったヨブは突然、すべての所有物を失ったばかりか、すべての子どもたち10人を亡くします。その後、全身をひどい腫物が覆い灰の中に座っている時、妻の信仰と愛を失う苦しみにも直面します。慰めるために来た三人の友人たちは、当時の常識的な神学によってヨブが罪を犯したことがこの苦難の原因として、悔い改めを強要します。
ヨブは友達との長い議論の中で、知的に混乱し苦しみますが、神に信頼し(ヨブ13:15)贖い主を認め(ヨブ19:25)仲保者を求めました(ヨブ16:19~21)。神がご介入され、ヨブは神の顕現に触れて砕かれ、ちり灰に伏して主を仰ぎ見、素晴らしい「結末」を見るのです。(ヤコブ1:3~4)
聖書は、この一連の試練の中でのヨブの生き様を「ヨブの忍耐」と呼び、私たち信仰者が模範とするよう勧めています。主は慈愛に富み憐みに満ちておられるお方であることを、深く知る者となりましょう。

2021年7月4日

 

「さばきは主がなさること」

聖書箇所 マタイ7章1-8節

さばきは主がなさることです。私たちはみな、キリストのさばきの座に立ちます。(Ⅱコリント5:10)
兄弟をさばくならそれと同じ基準であなたもさばかれるのです。傲慢の罪に警戒しなさい。あなたの目の中にはちりではなく梁があります。主イエス・キリストの十字架のみもとへ行き、主の前に悔い改め、きよめを切に求めましょう。
主が来られるまで、何についても先走ってさばいてはいけません。(Ⅰコリント4:3-5)あわれみはさばきに対して勝ち誇るのですから。(ヤコブ2:13)


2021年6月

2021年6月27日

 

「クリスチャンって?」

聖書箇所 マタイ9章9-13節

日本宣教会監督、小坂嘉嗣先生をお迎えしての特別礼拝です。

2021年6月20日

 

「決して見捨てないお方」

聖書箇所 ヨナ書1章1節-2章2節

優等生とは言えない預言者ヨナを通して、神は私たちに何を語っておられるのでしょうか。
1.主の御顔を避け逃亡するヨナ
ヨナは、イスラエルの敵国アッシリアの人々の救いの為に宣教することをどうしても受け入れることができませんでした。彼は主の召しを拒絶し、反対方向のタルシシュ行きの船に乗ります。神への祈りは途絶え、平安もなく、投げやりな態度でただ主の御顔を避けようとしたのです。
2.決して見捨てないお方
しかし、主はヨナを見捨てませんでした。神の声を拒絶し御心から外れた時、ほかの人材を求めても良かったはずです。しかし、嵐と大魚を備え、ヨナを元に戻し再チャレンジさせました。ヨナに愛と寛容をもって取り扱いなさる神を見る時、私たち一人ひとりへの、主の忍耐に満ちた取り扱いを重ねて覚えさせられます。見捨てることなく熱い期待をもって導いてくださる主に感謝しましょう。

2021年6月13日

 

「預言者イザヤの神経験」

聖書箇所 イザヤ6章1-13節

神様にお会いし変えられ、召命を受けた預言者イザヤに目を留めましょう。
1.時と場所(1節)
大きな国家運営の力あるウジヤ王を失って、喪失感と失
意に沈んでいた時、イザヤは神殿において一人静まり祈っていました。(詩篇46:10)
2.神の臨在と栄光に触れる(2~7節)
聖なる神に直面し、イザヤは自分の罪、汚れた唇を意識し、「ああ、私は滅んでしまう」と叫びました。その時、祭壇の燃えさかる炭で心の汚れがきよめられます。神のこの大きな御業こそ、イエス・キリストの十字架による恵みです。(Ⅰヨハネ1:7)
3.神の計画を知る、使命に生きる(8~13節)
イザヤは神の求人の声に応答し、召命に従い生きる者となります。神は今日も、ご自身を示されます。新しい喜びと熱意と希望に満ち溢れ、神と共に生きるお互いとなりましょう。

2021年6月6日

 

「真の神様を発見する道」

聖書箇所 第二列王記5章1-19節

このテキストで、異邦人ナアマンが真の神様を知り、この方に礼拝をするに至ります。
1.きっかけ(1~9)
ツァラァトで苦しむナアマンが、敵国イスラエルの預言
者に解決の道があるという良い知らせを聞きます。(ローマ10:14)
2.道(8~14)
ナアマンはすぐに預言者に会いに行きますが、謙遜と信仰と服従の道を辿り、全能の神の力と恵みを体験します。(Ⅰコリント1:18)
3.その後(15~19)
イスラエルの神こそ、唯一の真の神であることを告白し、この方にのみ礼拝して生きていくことを決心します。(詩篇86:10)
主の十字架のことばは愚かに聞こえますが、神が備えられた唯一の救いの道です。(ヨハネ14:6)恥も外聞もなく、へりくだり神の前に出て、御子イエスの十字架の功績に信頼するものに、神は救いの御業をなさり、ご自身をお示しになるのです。


2021年5月

2021年5月30日

 

「預言者エリヤの回復」

聖書箇所 第一列王記19章1-18節

王妃イゼベルによる殺害予告を知っただけで、恐れ逃亡した預言者エリヤに、
カルメル山の大勝利の英雄の姿はどこにあるのでしょうか。
彼もまた私たちと同じ弱さを持つ人間でした。
そのエリヤに、主は恵み深い回復の御業をなさったのです。
1.肉体の回復(6節)
神は弱い肉体を持つ私たちをよくご存じで、必要な糧を与え、休みを与えてくださいます。
2.霊の回復(12節)
「かすかな細い声」これこそがエリヤの必要としていたものでした。
奇跡的な現象や大きな出来事ではなく、神の確かな語りかけこそエリヤは、真に必要としていました。
彼は心の目が開かれたのです。(エペソ1:18.19)
3.使命の回復(16-18節)
神はエリヤに新しい使命を与え、そのための力と恵みを供給してくださいました。
主の御前にいよいよへりくだり、献身と信仰をもって使命の道を歩むお互いとなりましょう。

2021年5月23日

 

「主イエスが遣わす助け主」

聖書箇所 ヨハネの福音書16章7-16節

1.聖霊の神性と人格性を正しく認識する(7節)
聖霊は単なるエネルギー 影響力はありません。主イエスが、弱く迷いやすい私たちのために助け主として遣わしてくださった生ける神です。
2.人の良心に働き、認罪と確認の力として働く。(8-11節)
人は聖霊の働きによって罪を認め十字架の救いの福音に目が開かれます。(Ⅱコリント4:6)
3.真理に導く(12,13節)
聖霊は聖書の理解を助け、正しい生活ための真理を教え導いて下さいます。(詩篇25:12)
4.キリストの栄光を現わす(14-16節)
キリストが神を代表するお方であるように、聖霊はキリストを代表するお方です。私たちの信仰生活おいて、キリストの栄光が現わされるように働かれるお方です。(ピリピ1:20)
この約束の聖霊に満たされて、キリストの証人として生きるお互いとなるよう祈りましょう。(使徒1:8)

2021年5月16日

 

「ソロモンの願い」

聖書箇所 第一列王記3章3-15節

ソロモンは、神から与えられた使命を全うするために、正しい訴えを聞き分ける判断力を願い求めました。このことは主のみこころにかない「ソロモンの栄華」といわれる祝福を受けるに至りました。ここに大切は祈りの教訓があります。(ローマ15:4)
1.贖いの十字架により頼む
神と人の関係を正しく確かなものとするため、1000匹の子羊の全焼のいけにえがささげられます、私たちは、罪を取り除く真の神の子羊である主とその十字架により頼み、神に近づくのです。
2.御心にかなった願いをささげる(Ⅰヨハネ5:14)
神が私たちに願ってほしいことを祈り求めることが大切です。
3.正しい願いを祈ると、願わなかったことも与えられる。
すべてがソロモンのような祝福とは限りませんが、神の国とその義を求めるものに、すべての必要が、これに加えて与えられる原則は変わりありません。
神の御心にかなった願いを持ち、キリストと全く一つとなって祈るなら、必ずその祈りは聞かれるのです。(ヨハネ15:7)

2021年5月9日

 

「まず第一に」

聖書箇所 マタイ6章25-34節

心配から解放されて、天の父を信頼するとき、「まず第一に」と優先順位がはっきりします。その
1.前提は、よく見て、よく考えることです。空の鳥、野の花を観察してみましょう。それら以上に、主の目にあなたは価値があり、主はあなたに良くしてくださいます。(25-34)
2.集中は、まず神の国と神の義を求めることです。御国が到来して神さまのみこころが完全に行われる時まで、一番を第一にしましょう。必要はすべて満たされます。(31-33)
3.使命は、一日の苦労で十分です。明日は神に属します。明日を主の御手にゆだね、与えられている今日一日を力いっぱい生きましょう。(34)

2021年5月2日

 

「絶望の淵からの再起」

聖書箇所 詩篇6篇1-10節

この詩篇は、ダビデが、わが子アブサロムに反逆され、精神的肉体的な激しい苦痛の中で祈った夜半の祈りです。
彼は、この悲惨な境遇に陥った最大の原因を、過去に犯したバテ・シュエバとの姦通に対する神からの懲らしめとして受け止めています。罪の苦しみ程深刻なものはありません。罪は神から隔絶し、死と黄泉に通じる苦痛なのです。
しかし、このような暗黒の中で、ダビデは確信と勝利が与えられます。「主が私の泣く声を聞かれたからだ。」(8節)涙と悔い改めの祈りが、主に聞かれたと確信したのです。
神の前に出て泣ける人は幸いです。
主は、砕かれた霊、砕かれた心(詩篇51:17)をさげすまれません。主の十字架の血潮により頼む真実な訴えを聞き、受け入れられるのです。


2021年4月

2021年4月25日

 

「神の語りかけを聞く祈り」

聖書箇所 第一サムエル記3章1-21節

1.「しもべは話します。主よ、お聞きください」
これは人間が主格となって神に祈る典型的な態度ではないでしょうか。ただ、熱心に一方的に神に命じたり、お説教したりする祈りは神の御旨ではありません。
2.「主よ お話ください。しもべは聞いております。」9節
サムエルが師匠のエリに教えられた祈りは、神が主格となることを承認する祈りです。サムエルは心を開き、神の御声を聴きました。その結果、神への献身と服従に生き、成長し、主と共に生きる器となりました。(19-21節)
3.神の語りかけを日々聞く営み
愛なる神は、私たちと真の交わりを求められます。交わりは互いの語らいの中で育まれます。日々の祈りと聖書のみことばの拝読のうちに、また聖日の礼拝の営みのうちに、主の御声をさらに深く聞くお互いでありたいと願います。

2021年4月18日

 

「神のみこころを確信して立つ」

聖書箇所 士師記6章11-24節

◇神の選び
神は、臆病で小心者のギデオンを「力ある勇士」と呼び、イスラエルの民をミデアン人の手から救う指導者として任命されました。神は、ギデオンに霊を注ぎ、強めて用いられます。神の力によって、見事にイスラエルに勝利をもたらしたのです。
◇使命
私たちキリスト者も、ギデオンのように無力で小心者ですが、自分の力では到底成し遂げることのできない、福音宣教の使命を神から与えられています。(マタイ28:19,20)
◇ともにある恵みと祝福
同時にその使命を全うする恵みと祝福も与えられていることを覚えましょう。主の豊かな臨在と守り、必要の供給と上よりの平安と力は、この使命に生きる者とともにあるのです。神の御心を信じ確信して立つものとなるよう祈りましょう。(コロサイ4:12)

2021年4月11日

 

「主導権をだれが取るのか」

聖書箇所 ヨシュア記5章13節-6章7節

エリコの戦いを前にして、責任感から気負いがあったヨシュアに、主なる神が「主の軍の将」として現れ、ヨシュアは、勝利はただ神にあることを学びます。
この戦いは、自分たちの戦いではなく、主の戦いであり、主導権は自分ではなく、主が持っておられることを認め、すべての指導を主に仰いで、服従することが勝利の要件であることを確認します。信仰によってエリコの城壁が崩れ落ち勝利を得ます。(へブル11:30)
私たちは、イエス様を主として信じ、従っているつもりですが、様々な問題に直面すると、自分が主導権をとって、ことを行い悩み苦しんでいないでしょうか。
主にすべての重荷を委ね、主に従う時、主が勝利を与えてくださるのです。(詩篇55:22、Ⅰペテロ5:7)

2021年4月4日

 

「ともに歩まれる復活の主」

聖書箇所 ルカの福音書24章13-32節

よみがえられたイエス様が、エマオ途上にある二人の弟子たちに現れます。
1.同伴者(15節)
私たちの人生のどのような局面でも、一緒に歩いてくださるお方です。人生が暗闇の中に置かれ、喪失、病気、死に直面する時でさえ、主は私たちのすぐそばにいてくださるのです。(詩篇23:4)
2.教師(27節)
イエス様は、私たちにみ言葉(聖書)から、教えてくださるお方です。(詩篇119:105)その時、私たちの人生の出来事は、新しい意味を持ち、確かな希望を抱くようになります。
3.主人(30節)
私たちの願いに応じて(29節)溢れる祝福を持って私たちの家(心)に来られます。そして主人となり、私たちのためにいのちのパンを裂いて与えてくださり、生きる力となってくださいます。(詩篇23:5,6)
主イエス様は、今も生きておられ、私たちの生涯に力強く働いてくださいます。


お気軽にお問い合わせ下さい
日本宣教会 きさらづキリスト教会
TEL/FAX 0438-41-8490
〒292-0016 千葉県木更津市高砂1-7-4
JR内房線巌根駅から徒歩約10分
※駐車スペースございます。