礼拝メッセージ

HOME | 礼拝メッセージ(動画)

2021年9月

2021年9月19日

 

「光が世に来ているのに」

聖書箇所 ヨハネの福音書3章16ー21節

1.光として人類に与えられた道(16,17節)
人類は罪を犯し神から離れた結果、滅びの道を歩むことになり、死とさばきを避けることが出来ない現実にあります。(ローマ3:23、へブル9:27)このような私たちを神は愛してくださり、ひとり子イエス様を2000年前に世に遣わし、十字架と復活により救いの道を開かれました。これは人類への唯一の救いの道です。
2.光が世に来ているのに拒む人々(18~20節)
しかし、この救いと希望の光であるキリストのもとに、人々は来ようとしません。それは無知の為ではなく、光よりも闇を愛し、光を憎む心が原因です。信じない者はやがて神にさばかれるのではなく、すでにさばかれているのです。
3.光の方に来る信仰者(21節)
真理を行う者とは、神に与えられた光に正直に応じる者を意味します。光に全面的に従い、主イエスを信じ、愛し、主に委ねる者となりましょう。聖霊の満たしを受け、携挙(空中再臨)の恵みにあずかりましょう。(Ⅰテサロニケ5:23,24)

2021年9月12日

 

「識別する必要」

聖書箇所 マタイの福音書7章6ー12節

あら探しはしません。しかし、識別する必要はあります。
1.「聖なるもの」「真珠」は、聖なる福音です。あなたは聖なる福音の価値の大きさを理解していますか。
2.「犬」「豚」は、聖なる福音を踏みつけるように拒み続け、かみつくように反対し、迫害する人たちです。あなたの心には、絶えず痛みがありますか。滅びに向かう人たちに対して。
3福音宣教は熱愛をもってあまねくすべての人に。しかし一人ひとりのたましいの状態を見極めながら行うのです。祈りなしにはできません。聖霊の導きなしにはできません。求め、捜し、門をたたき、最高に良いものである聖霊の恵みにあずかりましょう。

2021年9月5日

 

「モーセが荒野で蛇を上げたように」

聖書箇所 ヨハネの福音書3章1ー16節

1,上げられた青銅の蛇
罪の象徴として造られた青銅の蛇が、旗竿の上に掲げられました。これは十字架のつけられたキリストのひな型です。(Ⅱコリント5:21、ガラテヤ3:13)
2,ただ信仰によって
「それを仰ぎ見れば生きる」(民数記21:8)という主のことばを信じて青銅の蛇を仰ぎ見た者は、毒蛇の毒から救われ生かされました。同様に、私たちの罪の身代わりに十字架につけられたキリストを信じる者は、皆救われるのです。
3,神の備えられた救いの道にどのように対応するか
この救いの道、十字架のことばを愚かとするか、神の力とするか、心を頑なにするか、素直に聞き従うか、が永遠を決める分岐点となります。(Ⅰコリント1:18、詩篇95:7,8)
神は、そのひとり子をお与えになったほどの無限大の愛をもって私たちを愛してくださいました。永遠のいのちを持つ決断(御子を信じる)をもって応えましょう。


2021年8月

2021年8月29日

 

「新しい誕生」

聖書箇所 ヨハネの福音書2章23節ー3章9節

私たちが、人間社会の一員となるためには、人間としてこの地上に誕生しなければなりません。同様に永遠的な祝福と光と恵みに満ちた神の国の一員となるためには、霊的に新しく誕生しなければなりません。
神の国とは「神の支配と主権」を意味しており、霊的に生かされた人の心のうちに実現するのです。「水と御霊によって」(5節)生まれるこの経験は、キリスト教信仰において、基礎的であり生命的なものです。この経験がわからないと、その人は神の前においてクリスチャンとは言えません。(ローマ8:9)
神の前に自分の罪を悔い改め、主の十字架を自分の代償として仰ぎ、聖霊の助けを求めつつ、主イエスを個人的な救い主として受け入れることにより、私たちは霊的に新しく生まれ、神の子とされ、神の国の一員となるのです。(ヨハネ1:12、ローマ5:24~25)

2021年8月22日

 

「イエスの喜び」

聖書箇所 ルカの福音書10章17-24節

山田誠路先生をお迎えしての特別礼拝です。

2021年8月15日

 

「神殿をきよめられる主」

聖書箇所 ヨハネの福音書2章13-25節

1,熱心
主イエスは、神の御住まい(神殿)が、商売の家と化した現状を見、聖なる怒りをもって商売人たちを追い出しました。同様に、私たちキリスト者も聖霊が宿る宮としておられ(Ⅰコリント3:16)主は、私たちが聖なる者なることをどれほど熱く願っておられることでしょう。
2,権威
主イエスの十字架の死と復活こそ神殿(私たち)をきよめる権威のしるしです。主は、神の子羊として真の犠牲となり、罪の贖いを成し遂げ、そのことを確証するために復活されました。(ローマ4:25)
3,新しい生ける道(へブル10:19~20)
主イエスは、腐敗した犠牲制度を廃棄し、復活したキリストのからだ(教会)をとおして、御霊と真理による礼拝を確立されました。(ヨハネ4:23~24)主を信じ、救いにあずかったものは、キリストの体(教会)の一部分とされ、(エペソ4:15~16)神に喜ばれる礼拝をささげるものとなるのです。

2021年8月8日

 

「最初のしるしとしての奇跡」

聖書箇所 ヨハネの福音書2章1-12節

ガリラヤのカナで、主イエスは最初のしるしとしての奇跡を行い、ご自分の栄光を現わされました。
1,婚礼の席で行われた奇跡
私たちの結婚の重要性を示唆しています。主の記念すべき最初の奇跡は婚礼の席でなされました。主は結婚を重んじ、幸いな家庭のスタートを祝されたのです。(へブル13:4)
2,質の変化
 この奇跡は水が葡萄酒に変わる質の変化でした。しかも、最上の葡萄酒への変化です。主がなさる御業は私たちを全く新しく造り変えるのです。(Ⅱコリント5:17)
3,人の協力があってなされた奇跡
母マリヤや数名の手伝いの人たちの協力があってなされたものです。信仰による即時的な服従と全面的信頼があって、主の栄光があらわされたのです。(ヨハネ2:9)

2021年8月1日

 

「最初の主の弟子たち」

聖書箇所 ヨハネの福音書1章35-51節

使徒ヨハネは主イエスと初めて出会った60年前の日のことを、昨日のように生き生きと語っています。師であるバプテスマのヨハネに紹介され、彼は同僚のアンデレとともに主についていきました。その時アンデレとともにイエス様を救い主と信じたのです。その結果、ペテロ、ピリポ、ナタナエル、(ヤコブ)というように次々と兄弟や友人たちが主の弟子となりました。
この時の弟子たちは、主イエスに対し、正直に応答し、潔く聞き従う心を持っていました。(ヨハネ7:17)彼らは漠然とした信仰ではなく、明確な決断をして主を心に受け入れたのです。(ヨハネ1:12)
私たちの信仰生活において、主イエスとの初対面の日が、何時、どこであったかを思い起こして記念し、主イエス様
に感謝をささげましょう。初めの愛から離れることなく(黙示録2:4)、召された主の御旨を尊び、喜びと感謝をもってお従いするお互いとなりましょう。


2021年7月

2021年7月25日

 

「バプテスマのヨハネの証言」

聖書箇所 ヨハネの福音書1章19-34節

1.ヨハネ自身についての証言(19~28節)
ヨハネはまず自分がキリストではないこと(20)、エリヤや(マラキ4:5)あの預言者(申命記18:15)でもなく、預言者イザヤが言う「荒野で叫ぶ者の声」(イザヤ40:3)であり、キリストの偉大さと自分の小ささを認識し、へりくだって仕える者であること示します。(27)
2.イエス・キリストについての証言(29~34節)
「見よ。世の罪を取り除く神の子羊」(29)と、主イエスを指さし、イエス・キリストこそが、全世界の罪の完全な解決を得るために神ご自身によって備えられた身代わりの犠牲である、と宣言します。根拠は神の語りかけにあり(34)、聖霊がとどまったこのお方を神の子キリストと証言したのです。
「声」としてのヨハネの存在と奉仕は、キリスト者と教会に神が求めておられる模範です。ヨハネのように、イエス・キリストを人々に示し、紹介する者となることを願います。

2021年7月18日

 

「イエス・キリストによって」

聖書箇所 ヨハネの福音書1章1-18節

ヨハネの福音書は、使徒ヨハネによって書かれ、その執筆目的は、読者がイエス・キリストを神の子と信じ、永遠の命を持つため(20:31)です。1章1~18節には主イエスの起源と受肉の事実を明確に述べ、主がいかなるお方か、信ずべきお方かを示しています。
1.永遠者、創造者なる神(1~3節)
2.いのちと光の源(4~9節)
3.神の子どもとなる特権をお与えになる方(10~13節)
4.人となり私たちの間に住まわれた神(14節)
5.恵みとまことを実現し、恵みを豊かに与えてくださるお方(14~17節)
6.見ることのできない神(Ⅰテモテ6:16)を解き明かされたひとり子の神(18節)(ヨハネ14:9)
このヨハネの福音書を通して、主イエス・キリストを知り、主を信じ愛する者となり、日々主に従う幸いな生涯を体験いたしましょう。

2021年7月11日

 

「ヨブの苦難と忍耐」

聖書箇所 ヤコブ5章10,11節

ヨブ記はヨブが経験した大きな試練について語ります。大富豪であったヨブは突然、すべての所有物を失ったばかりか、すべての子どもたち10人を亡くします。その後、全身をひどい腫物が覆い灰の中に座っている時、妻の信仰と愛を失う苦しみにも直面します。慰めるために来た三人の友人たちは、当時の常識的な神学によってヨブが罪を犯したことがこの苦難の原因として、悔い改めを強要します。
ヨブは友達との長い議論の中で、知的に混乱し苦しみますが、神に信頼し(ヨブ13:15)贖い主を認め(ヨブ19:25)仲保者を求めました(ヨブ16:19~21)。神がご介入され、ヨブは神の顕現に触れて砕かれ、ちり灰に伏して主を仰ぎ見、素晴らしい「結末」を見るのです。(ヤコブ1:3~4)
聖書は、この一連の試練の中でのヨブの生き様を「ヨブの忍耐」と呼び、私たち信仰者が模範とするよう勧めています。主は慈愛に富み憐みに満ちておられるお方であることを、深く知る者となりましょう。

2021年7月4日

 

「さばきは主がなさること」

聖書箇所 マタイ7章1-8節

さばきは主がなさることです。私たちはみな、キリストのさばきの座に立ちます。(Ⅱコリント5:10)
兄弟をさばくならそれと同じ基準であなたもさばかれるのです。傲慢の罪に警戒しなさい。あなたの目の中にはちりではなく梁があります。主イエス・キリストの十字架のみもとへ行き、主の前に悔い改め、きよめを切に求めましょう。
主が来られるまで、何についても先走ってさばいてはいけません。(Ⅰコリント4:3-5)あわれみはさばきに対して勝ち誇るのですから。(ヤコブ2:13)


2021年6月

2021年6月27日

 

「クリスチャンって?」

聖書箇所 マタイ9章9-13節

日本宣教会監督、小坂嘉嗣先生をお迎えしての特別礼拝です。

2021年6月20日

 

「決して見捨てないお方」

聖書箇所 ヨナ書1章1節-2章2節

優等生とは言えない預言者ヨナを通して、神は私たちに何を語っておられるのでしょうか。
1.主の御顔を避け逃亡するヨナ
ヨナは、イスラエルの敵国アッシリアの人々の救いの為に宣教することをどうしても受け入れることができませんでした。彼は主の召しを拒絶し、反対方向のタルシシュ行きの船に乗ります。神への祈りは途絶え、平安もなく、投げやりな態度でただ主の御顔を避けようとしたのです。
2.決して見捨てないお方
しかし、主はヨナを見捨てませんでした。神の声を拒絶し御心から外れた時、ほかの人材を求めても良かったはずです。しかし、嵐と大魚を備え、ヨナを元に戻し再チャレンジさせました。ヨナに愛と寛容をもって取り扱いなさる神を見る時、私たち一人ひとりへの、主の忍耐に満ちた取り扱いを重ねて覚えさせられます。見捨てることなく熱い期待をもって導いてくださる主に感謝しましょう。

2021年6月13日

 

「預言者イザヤの神経験」

聖書箇所 イザヤ6章1-13節

神様にお会いし変えられ、召命を受けた預言者イザヤに目を留めましょう。
1.時と場所(1節)
大きな国家運営の力あるウジヤ王を失って、喪失感と失
意に沈んでいた時、イザヤは神殿において一人静まり祈っていました。(詩篇46:10)
2.神の臨在と栄光に触れる(2~7節)
聖なる神に直面し、イザヤは自分の罪、汚れた唇を意識し、「ああ、私は滅んでしまう」と叫びました。その時、祭壇の燃えさかる炭で心の汚れがきよめられます。神のこの大きな御業こそ、イエス・キリストの十字架による恵みです。(Ⅰヨハネ1:7)
3.神の計画を知る、使命に生きる(8~13節)
イザヤは神の求人の声に応答し、召命に従い生きる者となります。神は今日も、ご自身を示されます。新しい喜びと熱意と希望に満ち溢れ、神と共に生きるお互いとなりましょう。

2021年6月6日

 

「真の神様を発見する道」

聖書箇所 第二列王記5章1-19節

このテキストで、異邦人ナアマンが真の神様を知り、この方に礼拝をするに至ります。
1.きっかけ(1~9)
ツァラァトで苦しむナアマンが、敵国イスラエルの預言
者に解決の道があるという良い知らせを聞きます。(ローマ10:14)
2.道(8~14)
ナアマンはすぐに預言者に会いに行きますが、謙遜と信仰と服従の道を辿り、全能の神の力と恵みを体験します。(Ⅰコリント1:18)
3.その後(15~19)
イスラエルの神こそ、唯一の真の神であることを告白し、この方にのみ礼拝して生きていくことを決心します。(詩篇86:10)
主の十字架のことばは愚かに聞こえますが、神が備えられた唯一の救いの道です。(ヨハネ14:6)恥も外聞もなく、へりくだり神の前に出て、御子イエスの十字架の功績に信頼するものに、神は救いの御業をなさり、ご自身をお示しになるのです。


お気軽にお問い合わせ下さい
日本宣教会 きさらづキリスト教会
TEL/FAX 0438-41-8490
〒292-0016 千葉県木更津市高砂1-7-4
JR内房線巌根駅から徒歩約10分
※駐車スペースございます。